第十一話 悪魔が囁く。

寮へと帰った。


一〇五号室へ這入り、私服へと着替える。


着替えのとき、梨恵とはあまり同室したくない。なので、できるだけ早めに帰寮するようにしていた。梨恵が着替える時は――目をそらしたり、部屋から出ていったりする。


部室で起きたことを気にかけていた。


女性である以上、男性が好きなのは当然だ。なので、そう思われること自体は仕方がない。だが、片思いの男子がいると思われている――しかも蘭から。


着替えを終え、ベッドに坐る。


菊花に近寄るな――ということなのだ。


お前には好きな男がいるだろう――と。


――違う。


自分が好きなのは、見知らぬ男でも菊花でもない。


それなのに、ぎりぎりと肩を掴まれ、遠回しに脅された。あの痛みは、まだ肩に残っている。


ドアが開き、梨恵が現れた。


「いちごちゃん、ただいまー。」


「お帰り。」


梨恵が着替え始めたので、一冴は目をそらす。


やがて、クローゼットを閉める音が聞こえた。


ねえ――と一冴は尋ねる。


「一つ、訊いていい?」


「ん? なに?」


「片思いの彼が私にいるって、蘭先輩に言ったの?」


「え?」


梨恵は視線を向ける。そして、不安そうな顔をしている一冴に気づいたようだ。


「あ――うん。」


「いつ?」


「えっと、今日のお昼――」


それから、昼休憩の出来事について梨恵は語った。


いちごちゃんのこと心配しとったみたいだで――と梨恵は言った。しかし、蘭に心配されることなど一冴には一つもない。蘭もまた、菊花のことしか眼中にないのだ。


落胆が表情に現れたのか、梨恵は不安そうに尋ねる。


「えっと――言っちゃいけないことだった?」


「あ――いや。」


――どうしよう。


こんな複雑な事情、梨恵には説明できない。


――けれど。


性別を偽り、自分は女だと言い、蘭を騙してつきあうという危険な真似をしたくないのなら――このままでも何も問題はないではないか。どうせ、自分は男で、蘭は女性しか愛せないのだ。


だが――本当はそうしたくはない。


三年間、秘めてきた思いを口にしたい。


もし天使の言う通り、陰ながら蘭を想うだけでいいのなら――こんな気持ちにはならない。

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