第八話 上原いちごの消失

翌々日の日曜日――午後から梨恵は登校していた。


最近は雨が続いている。テニス部の活動は、体育館でのトレーニングばかりだ。ゆえに、晴れている日曜日に練習しようということになった。


練習は十六時に終わり、梨恵は寮へ帰って来た。部屋に一冴いちごの姿はない。今日は紅子と街へ出ているのだ。いつもは二人がいる部屋に一人でいる。


同居人のことが気にかかったのはそんな時だ。


一冴いちごに対する違和感は、梨恵の中で一つの想像につながっていた。あくまでもそれは想像にすぎない――何しろ、あまりにも突拍子がないのだから。


――いちごちゃんが男の子だなんて。


だが、もしもそう考えると、ばらばらの違和感が一つに繋がる。女性に恋をするのも、軍事ミリタリーが好きなのも男子らしい。クラスメイトの前で着替えたがらないのもそうだ。夜中にいなくなるのは――。


更衣室にトランクスが落ちていた件も、下着泥棒も――ひょっとしたら。


いや、トランクスの件は関係がないのかもしれない。それこそ一冴いちごにはアリバイがある。


――では、なぜ落ちていた?


妙なことが一冴の周りで起きているのはなぜだ。


気になりだしたら止まらなかった。


同時に、魔が差す。一冴いちごは紅子とよく外出するが、帰るのはいつも十七時すぎだ。それまでに、少し調べてみるのはどうだろう。


当然、気は咎める。


事実、常識的に考えればあり得ないではないか。周りには女子しかいない、恋の一つも咲かない。だからそんな想像をするのではないか。


何かを盗むわけではない――一冴いちごが女子であるという当然のことを確認するだけなのだ。それくらい罪はないではないか。


一冴いちごのクローゼットへそっと近づいた。


クローゼットを開け、下にある小型の箪笥たんすを開ける。一冴いちごの下着が竝んでいた。ショーツにブラジャーに靴下。一冴いちごが帰ってくることを警戒し、廊下の跫音あしおとに耳をそばだてる。すぐに閉めても違和感がないよう、慎重に調べた。


――やっぱり、私の箪笥の中と変わりない。


当然の事実に安心すると同時に落胆する。


もちろん、盗まれたショーツなどあるわけがないのだ。


そう思っていた矢先であった。


箪笥の最奥部に、見たことがない物を見た。


それは、ビニール袋に入れられた女性の胸だった。当然、作り物なのだが、リアルな乳首までついている。明らかに、ない胸を盛るための物だ。


――あの貧乳のいちごちゃんに?


そこまで考え、箪笥の奥に偽乳を戻した。元と同じように下着も整え、箪笥を閉める。見てはいけない物を見てしまったからだ。


それに、一冴いちごもいつ帰ってくるか分からない。


だが、梨恵は引っかかる。


――誰が?


この部屋へ帰ってくるのは「誰」なのだろう。

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