第七話 地上の翼・廃墟の空

放課後、文藝部で一冴はパソコンに向かっていた。


先に述べた通り、パソコンは部に三台しかない。スマートフォンで執筆する者もいるが、多くは原稿用紙だ。部誌に載せるため、部員たちは交代で原稿を打ち込んでいる。


このとき、一冴のほかに原稿を打ち込んでいたのは紅子と早月だった。


課せられたノルマを終え、伸びをする。


蘭が現れたのはそのときだ。


「ごきげんよう、皆さま。」


ごきげんよう――と一冴は応える。


「お茶、淹れてきますね。」


「はい、ありがたうございます。」


いつものように流し台へポットを持って行き、茶を淹れる。


蘭の前へ戻り、茶を注いだ。


蘭がほほえみかける。


「いちごさん、『地上の翼・廃墟の空』拝読させていたゞきました。」


思わず緊張する。それは一冴が書いた小説のタイトルだ。


「あ――そ、そうですか。」


「とても素晴らしい作品でした。戦争のお話を読んだのは初めてですが、百合と見事に合ってゐたと思ひます。」


胸が温かくなった。蘭に褒められるのは、他の誰に褒められるのよりも嬉しい。


「あ、ありがとうございます!」


「いえ、とても魅力に富んだ作品でした。戦火の中ですれ違ふ二人の心が丁寧に描かれてゐて、それが切ないラストへ昇華されてゐました。もちろん、小型航空機シュルーケンによる戦鬪描写も素晴らしかったですが。」


ノルマを終えた紅子が、自分の席へ戻ってくる。


「やっぱり戦鬪シーンは気合入ってましたよね。私が見込んだ同志タヴァーリシだけはあります。」


「いや――そんな。」


一冴も自分の席へ着く。


「紅子ちゃんがいなきゃ書けなかったよ。だって――私はニワカだもん。軍隊のこととか、軍用機のこととか――分かんないこと多くて。」


「いやいや!」紅子は首を横に振る。「同志タヴァーリシいちごの表現力があってのものだぞ。カトレアが自動小銃を撃ちながら急降下するシーンなんか臨場感が凄かったが。」


「わたくしもさう思ひますよ――まるで映画を観てゐるやうでした。」


紅子は身を乗り出す。


「世界観はソ連と独逸ドイツを合わせたっぽかったかな? 出てくる自動小銃はAVT-40っぽかったし、小型航空機シュルーケンЛа-7ラ゠スィエーミっぽいと思ったけど。」


「そうそう!」一冴は大きくうなづく。「自動小銃はそのまんまAVT-40だよ。小型航空機シュルーケンЛа-7ラ゠スィエーミのイメージ。てか、よく気づいたね? 小型航空機シュルーケンのモデルがЛа-7ラ゠スィエーミって。」


「だって、蒼い機体で紅い星までついてたじゃん。」


蘭は何かに気づいた顔となる。


「もしかして、それって紅子さんが作ってゐた飛行機ですか?」


「はい」と一冴は応える。「ソ連の戦鬪機なんですけどね。」


紅子が再び口を開いた。


「けれども、『共和国』はナチスのイメージかなとも思ったんだが? 兵器はソ連なんだ。」


「うん。だって、主人公の国のモデルがナチスじゃ、なんか不味いと思って。それに、AVT-40みたいな木製銃床の自動小銃も出したかったし。」


「そっかー。」


やはり異世界ファンタジーなのだ――世界観は自由に作ってもいいだろう。


蘭はカップに口をつけ、紅茶をすする。


そして、やや憂鬱そうな顔となった。


「それにしても――菊花ちゃんは今日も来られないんですの?」


一冴は目を逸らす。


「菊花ちゃんは――なんか、パンツがなくなったあの事件を調べてるみたいなんですけど。それで、聞き込み調査をするだとか何だとかで。」


「あら、さうなんですの?」


「はい。」


「けれども、入力作業のノルマはどうしてるんですか?」


パソコンに向かっていた早月が口を開いた。


「ああ、菊花ちゃんなら昼休憩に来てるみたいだよ? それで、ノルマは達成してるし。」


「さうでしたか。」


うなづいたものの、蘭は首をかしげる。


「けれども、聞き込み調査でしたらお昼休みにでもできるはずですよね? 放課後に、一体どこへいらしてゐるのでせうか?」


目を伏せたまま一冴は言う。


「さあ――どこなんだか。」


「できれば、わたくしは菊花ちゃんと一緒にゐたいのですけどね。何しろ――最近は、父から転校を勧められてゐまして――ひょっとしたら、離れてしまふかもしれないので。」


一冴は目を瞬かせる。


「蘭先輩――転校するんですか?」


早月も驚いて声を上げた。


「本当?」


「いえ――まだ、全く決まった話ではありません。たゞ、そのやうに勧められてゐるといふだけの話です。けれども――万が一といふ可能性もありますので。」


一冴は肩を落とす。


万が一とはいうものの、不安になった。女装までして白山女学院へ入ったのだ。もしも蘭が転校することとなったら、自分がこの学園に居続けるモチベーションもあまりなくなってしまう。


「そう――ですか。」


「もちろん、わたくしはこの学園を離れたくはありませんよ? 菊花ちゃんとも離れたくはありませんし、今回の作品を文藝部での最後の活動にしたくはありません。」


ただ――と蘭は言う。


「わたくしは、父の言ふことにはあまり逆らへませんので。」

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