第三話 綺麗な失恋
どう反応すべきか、一冴は分からなくなっていた。
自分の恋のさらなる破滅を見た。しかも、よりによってそれは明日決まる。相手は、あまたの敬愛を受けると同時に、時には遠ざけられる存在だ。
それを回避するためのシナリオも菊花は語った。
「そういうわけで――いちごちゃんの協力が必要なの。」
「うん。」
一冴は考え込む。
たった今、菊花が語ったシナリオは一冴に希望を与えていた。
だが、菊花を信頼していいか分からない。何しろ、一冴が男だと蘭に明かしていないという確証もない。本当は、それを問い糺したかった。しかし、紅子がいる以上はできない。
それでも――。
こんな嘘をつく利益はあるだろうか。もしも嘘だったならば、梨恵や紅子からも信頼を失う。
――本当だったならば。
このままでは、蘭は学園を去る。それを思い留まらせられるのは菊花だ。しかし、菊花は蘭とつきあう気はない。なので一冴を身代わりにするつもりだ。
――それがどれだけ気持ち悪いことか分かってゐますか。
そんな蘭の言葉を思いだした。
何より、これは畏れ多い人から恋人を奪うことではないのか。
なので一冴はこう問う。
「でも――そんなことされて、蘭先輩が納得する?」
菊花は目をふせる。
「分かってる――卑怯なことだって。けど、好きじゃない人とつきあうくらいなら、この学園に留まって新しい恋を見つけた方がいいと思う。それに、葉月さまと無理につきあっても上手く行くなんて思えない。」
紅子が口を開く。
「私もそう思うぞ。それに、葉月さまは男の人だけど、いちごちゃんは女の子じゃないか。」
一冴が男であることを紅子は知らない。
蘭に告白したときには、バレなければいいのではないかという甘い認識があった――いずれ受け入れてくれるのではないかという淡い期待も。しかし、それが甘い夢であることは身を以って知らされた。
梨恵が尋ねる。
「いちごちゃんは、鈴宮先輩が葉月さまとつきあうことは賛成なん?」
一冴は首を横に振る。
「つきあってほしくない。」
「だったら――迷うことはないが。いちごちゃんは
正直、可愛いという言葉はうれしい。だが、自分は蘭が愛する性別ではない。たとえ、どのような自己認識を持っていたとしてもそれは変えられないのだ――この身体がある以上は。
しかし、それは葉月王も同じではないか。
どうあれ祝賀会は明日だ――もはや時間はない。何もしなければ、学院から蘭は消える。
それだけは絶対に厭だ。
念のため、一冴は言う。
「今の話が本当かどうか確認したい。山吹さんは本当に協力してくれるの?」
分かった――と菊花は言い、スマートフォンを取り出す。
「山吹とのLIИEのメッセージなら、今でも見せられる――見られたくないのもあるけど、それ以外だったら、いくらでも。山吹に時間が取れるのなら、通話して確認してもらってもいい。」
そうして、画面を一冴に見せる。
山吹とのいくつかのメッセージが写っていた。
それを読み、どうやら本当らしいと一冴は確信する。これ以上、疑う理由もないだろう。
自分は三年間も蘭を想っていた。白山へ入ったのは最後のチャンスだった。終わったはずの恋が、そのとき再び始まったのだ。もしも蘭が帰ってくるのなら――それに賭けたい。
分かった――と一冴は言った。
「協力する。蘭先輩には学園にいてほしい。」
菊花はほっとしたような顔となる。
「ありがとう。」
紅子が再び口をはさむ。
「とりあえず――決行は、明日か明後日の夜か。いちごちゃんを寮から出すことは簡単かもしれないが、蘭先輩を御用地から出すなんて本当にできるのか?」
「それは、山吹がやってくれるって。」
しかし一冴は気にかかった。
「いつごろ連れ出すつもりなの?」
「祝賀会が始まる前か後かになると思う――山吹がどう動くかだから、ちょっと不確定だけど。祝賀会は十九時に始まって、二十一時ごろに終わる予定。」
「でも――明日、私たちって夕食当番じゃ。」
夕食当番は十八時ごろに始まる。終わったあとはすぐ夕食時間だ。
「確かにそうなんだけど――ただ、どうしても山吹には山吹の事情があるの。」
「じゃあ――どうするつもり?」
「いちごちゃんには夕食当番を休んでもらって、部屋で待機してもらうのが確実だと思う。そのための口裏は私たちで合わせる。」
梨恵が口を開いた。
「とりあえず、いちごちゃんは髪を切った方がええでない?」
「――髪?」
「そう。その――綺麗な失恋のためには。」
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