第四話 風の街

翌日――両親と共にタクシーに乗って蘭は東京へ向かった。


梅雨のさなかにしてはい天気だ。車の窓には蘭の顔が映っている。その向こうに街の景色が流れてゆく。街はやがて大きくなり、都会に変わった。


鈴宮市から離れれば離れるほど、菊花から遠ざかるのを感じる。自分の意思とは逆に車は進むのだ。


十一時ごろ、東京にあるホテルへと着いた。


ロビーを進み、エレヴェーターに乗る。


予約していた部屋へ這入り、荷物を下ろした。


蘭のスマートフォンが鳴ったのはそのときだ。画面に目をやると、LIИEにメッセージが入っていた。差出人の名前は「東條菊花」となっている。


菊花の顔を思い出し、自分が戻ったような気がした。


途切れそうな思いをたぐるようにメッセージを開く。


「菊花です。お祖父さまから番号を聞きました。」


そう書かれていた。


万が一の連絡のために、スマートフォンの番号は学校や寮に教えてある。恐らく、理事長の権限を利用して菊花はそれを知ったのだ――無論、本来はあってはならないことだが。


半信半疑のうちに蘭は返信する。


「菊花ちゃん? 本当に?」


返信はすぐにきた。


「はい。」


続いて、立て続けにメッセージがきた。


「先日は叩いて申し訳ありませんでした。」

「仲直りしたいです。」

「けど、一冴とも仲直りしてください。」

「一冴には特別な事情があったんです。それは説明します。」


安心すると同時に、落胆する。


安心したのは、菊花で間違いないと判ったからだ。あのとき、蘭のほほを叩いたことは菊花しか知らない。


だが、一冴の名前を出されて戸惑う。女子寮に男子がいたことを、いまだ蘭は許していない。あの薄い本にしろ、一冴が置いたのではないか。


迷っていると、祐介が声を上げた。


「おい、そろそろ昼飯を喰いに行くぞ。」


蘭はLIИEを閉じ、スマートフォンをポケットへしまう。


それから、両親と共に部屋を後にした。


昼食は外のレストランを予約してある。


ホテルから出た瞬間、ビル風が吹いて蘭の髪をさらった。


東京は風が多い――風の街だ。


ホテルのはす向かいにあるレストランへと親子三人で這入る。


テーブルへと給仕に通されようとしたとき、手洗いから帰ってくる途中の少女が目に入った。年齢は蘭と同年代ほど。黒い髮をツヰンテイルにい、眼鏡をかけている。彼女は蘭を目にし、立ち止まった。


「あら――蘭さん、お久しぶりね。」


思わず蘭はたじろぐ。


彼女――尾田おだ真希まきは苦手な人物だ。


何秒かの後、何とか言葉が出た。


「真希さん――貴女もこゝでお昼ですか?」


「ええ、奇遇です。」


真希は両親へ顔を向け、スカートの端をつまんで屈膝礼カーテシーをする。


「小父さまも小母さまも、お久しぶりです。」


あまり快くなさそうな顔を祐介はしていた。


「あゝ、お久しぶり。奇遇だね、こんな処で。」


「ええ、今日は殿下のお誕生日ですもの。そんなお誕生会にお呼ばれした上級国民の家族が、まさかお昼に生ゴミなんか食べられるわけがありませんものねえ。」


祐介の顔がひきつった。


くすりと笑み、真希は去ってゆく。


「それでは――また後ほど。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る