第五話 銀の鋏

菊花が持つスマートフォンを、梨恵は一冴と覗き込んでいた。


蘭からの返信は一通だけで止まった。


不安になり、梨恵は尋ねる。


「鈴宮先輩――いちごちゃんと仲直りしてくれるかな?」


菊花は難しい顔をした。


「そうなってくれることを――願うしかないけど。」


一冴は溜息を一つつく。


「とりあえず、やるべきことをやるしかない。」


今、一〇五号室の真ん中には新聞紙が敷かれている。テーブルは横にのけられていた。テーブルの上には、一冴のスマートフォンが載せられている。そこへ、一冴は語りかけた。


「紅子ちゃん――朝美先生は?」


スマートフォンから紅子の声がする。


「食堂でくつろいでる。こっちに来る様子はないと思う。」


「ありがとう。」


先日の夜の話し合いでは、朝美を見張る役割が紅子に割り当てられた。


一冴は覚悟を決めた顔をし、梨恵に向きなおる。


「じゃあ――梨恵ちゃん、お願いできる?」


「うん。」


一冴は服を脱ぎだす。


ショーツ以外、全て脱ぎ、新聞紙の上に坐った。そのとき、本当に男子だったのだと今さら梨恵は実感する。ショーツに膨らみはない。少女の下半身に少年の上半身がある。


銀のはさみを梨恵は手に取った。


「じゃあ、本当に切るけど――ええん?」


一冴は静かにうなづく。


「うん――もう決めたことだから。」


「――そう。」


梨恵は鋏を握りしめる。


銀の鋏を黒い髮へと入れ、切り始めた。


少し切るごとに、ぱらぱらと黒い物が落ちる。


一冴の髪が、梨恵の手で変わっていった。


刃から零れる髪を梨恵は目で追う。


鋏を持つ手が震えた。


自分は――取り返しのつかないことをしているような気がする。


だが、何が取り返しのつかないことなのだろう――梨恵が髪を切ろうが切るまいが、蘭は失恋するのに。


そして、少なからず傷ついている自分を見つけた。


一冴を女子らしく彩る使命が自分にはある。一方、言いようのない不愉快感を覚え、手先が鈍っていた。


それは、その先にある一つの破局を見たからかもしれない。


すなわち、一冴が自分のものではなくなってしまう破局だ。

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