第二話 東條邸

同時刻のことである。


東條邸の一室――重苦しくも狭い洋間に麦彦はいた。トロフィーや賞状や勲章・肖像や胸像――それらに囲われたソファに腰をかけている。


部屋のドアがノックされた。


「這入れい。」


ドアが開き、山吹が現れた。


目の前まで歩み寄り、頭を下げる。


「御前――このたびは出過ぎた真似をいたしました。」


麦彦は深い溜息をつく。


「まあ、よい。結局は大団円じゃ。」


「いえ、この落ち度は、辞表を以って責任を取らせていただきます。」


言って、山吹は懐から封筒を取りだす。


手を振り、麦彦はそれを断った。


「構うものか。お前はこれからも儂の元で勤めろ。それが精いっぱいの責任の取り方じゃ。」


「ですが――」


「よい、よい。鈴宮さんも殿下も何も問題に思っとらん。」


山吹は少し戸惑ってから、辞表をしまう。


「痛み入ります。」


「そういうわけじゃ。もう下がれ。」


山吹は一礼し、部屋から出る。


麦彦の頭の中には、何日か前に部屋へ現れた死者の顔があった。


――せっかく孫のことを頼んだのに、何たる有様か。


それは、かつての麦彦の愛妾の顔であった。


だから山吹は知らないのだ――実は、麦彦と血がつながっていることなど。

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