第三話 梅雨明け

六月二十三日――月曜日のことである。


いつものメンバーと共に、一冴は食堂で朝食を摂っていた。


鎮守の杜からは蝉の声が聞こえている。昨晩から明け方にかけて雨が降っていたため、気温はまだ高くない。それでも、陽が高くなるにつれ暑くなりそうな予感はあった。


一冴の髪はいつもと同じサイドテイルだ。しかし、前髪と側髪サイドは切りそろえられている――切った髪が元に戻るのには時間がかかるだろう。


サンドイッチをつまみつつ、紅子は不満な顔をする。


「それにしても――仲直り出来たのはよかったんだが、そもそも何で仲たがいしたのか、私は今ださっぱり分からないんだが。」


梨恵が口を開いた。


「まあ、そこはそこ。色々とあっただが。」


「むう。何か私に隠し事してるんじゃないか同志諸君ダルギエ・タヴァーリシ?」


「ええが、ええが。結局は仲直りしただけん。」


一冴は笑みをもらす。


「けれど、よかった――。みんなの協力がなかったら、蘭先輩は転校してたかもしれない。そうでなくとも、仲たがいしたまんまだったかも。みんなのお蔭だよ。」


「うむ! まあ、それはそれで何よりだ。」


一冴は菊花へ顔を向ける。


「特に菊花ちゃんのお蔭だよ――ありがと。」


「いや、まあ、別にこれくらい何てことないし。」


少し慌てたように菊花は目をそらす。そしてサンドイッチをほおばりだした。恥ずかしがっているようでもあったが、寂しそうな色が目元には浮かんでいる。


それがなぜか分からず、次にかけるべき言葉を一冴は失う。


食事を終え、四人はトレーを返却口へ返した。


声をかけられたのはそのときだ。


「おはやうございます、みなさん。」


振り返れば、同じく食事を終えた彩芽と――蘭が立っていた。


蘭が寮へと帰ってきたのは先日のことである。転校せず、これからも寮で暮らすこととなったのだ。


おはようございます――と四人は異口同音に答える。


おはよう、と小声で彩芽も言った。


菊花へと蘭はほほえみかける。


「菊花ちゃん――先日はありがたうございました。」


菊花は顔をそらした。


「いえ――別に、これくらい何てことは。」


「いちごちゃんも――先日はご迷惑をおかけしました。」


一冴は目を伏せる。――自分も「ちゃん」づけだ。


「いえ――こちらこそ。」


「今日は――みなさん四人で仲良く登校ですか?」


「はい。」


「それでは――わたくしもご一緒させていただいてもよろしいでせうか?」


大きな声で一冴は同意する。


「はい!」


それから六人で玄関へ向かった。


靴に履き替え、外へ出る。


ふと、紅子が声を上げた。


「あ――虹が出てる。」


頭を上げると、蒼々と茂った樹々の向こう――初夏の空へと、地上から薄っすら伸びる虹が見えた。環にはなっておらず、蒼い空の中で途切れている。


虹を眺め、蘭はつぶやいた。


「虹――ですか。」


蘭の視線の先に目をやり、一冴も虹を眺める。


菊花から手を握られたのはそのときだ。


「さ――いちごちゃん、行こ。」


少し悲しそうな、あるいは急くような顔であった。


戸惑いつつも、うん、と一冴はうなづいた。


そうして、乙女たちと男の娘は歩き出す。


今日も青春の一歩を踏む。


(第二部 - 終)了

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