第十六話 再び御用邸
麦彦は困惑していた。
自分の秘書が――いきなり蘭を連れ去ったのだ。
当然、夏季誌を真希に渡したのは麦彦である。
生徒たちを
なので、真希の元に夏季誌が流れるよう細工したのだ。
最初、葉月王や蘭、真希とのやり取りを麦彦は愉しんでいた。これが自分の仕業であると誰も知らないし、誰も気づかない。
それなのに――山吹が奇行に出るとは。
山吹が去って行った方向を祐介は呆然と眺め、やがて麦彦へと顔を向ける。目と目が合った。気まずさを感じ、麦彦は目を逸らす。
祐介は麦彦に歩み寄る。
「東條理事長、どういふことです!」
「あ、いや、その――」
「あれ、貴方の秘書でせう!」
葉月王もまた近寄る。
「東條理事長の?」
「あの、あのあの、儂も何がなんやら――」
麦彦さえ困惑していることに祐介は気づいたようだ。
「とにかく、娘を返して下さい!」
「え、ええ。はあ――呼び戻させます。」
言って、スマートフォンを取り出す。
同時に、菊花からメッセージが入っていることに気づいた。
「山吹をお借りします。」
その後には、やや長めの文章が続いている。読んでゆくうちに背筋が冷えた。この事態に自分も傍観者でいられないことを知ったのだ。
その
「殿下――お見苦しいところをお見せしてしまひ、大変申し訳ありませんでした。この落とし前は何とつけたらいゝのやら――」
「見苦しいも何も、蘭さんを殴ろうとしたのは貴方ですよね?」
「あ、いや、それは――」
「真希さん――貴女もですよ! 一体なにをするのです!」
「何、って――殿下もお聞きになったとおりです。蘭さんは女性しか愛せません。それを隠して殿下とお付き合いしようとした。鈴宮議員も知らなかったのではないのですか? それとも、既に知っていらした?」
「い――いや、知らなかった。まさか――娘が、あんな下品な――」
「そうでしょうねえ。まさか、知った上で殿下とおつきあいさせようとするわけありませんものね。蘭さんは、お父様も殿下も欺いておられた。」
やがて、山吹からメッセージが届く。
「御前。今までお世話になりました。」
麦彦は全てを察した。
御用邸で何が起きたのか菊花は知っている。情報を流した者は山吹の他にない。これ以上、蘭が辱められることを阻止するために山吹は未成年掠取を行なったのだ。
この状況はどうしようもなく不味い。かなり不味い。だが、不思議と怒りは湧かなかった。それは、目的が既に達成されたためでもあり、自分の行ったことが悪事であるという自覚があったためでもある。
ともかくも、このままでは秘書が罪に問われかねない。
顔を上げると、言い争いはまだ続いている。
「――だとしても、こんなやり方がありますか!」
「怒るのならば、蘭さんにお怒りになりなさい。鈴宮議員も、娘があんな小説を学校で書いていただなんて信じられないのではありません?」
祐介の顔が苦渋に歪む。
「ああ――信じられん。何のために学校へやったのかが分からん。」
「それが娘へかける言葉ですか!」
そろそろ事態を収拾すべきであろう。
そう思い、麦彦は祐介をなだめる。
「まあまあ、鈴宮さん、このような場所で声を荒げてはいけません。今日は皆月王殿下のお誕生日ではありませんか。賓客の皆様も集まっておられるのに。」
祐介は詰まったあと、助けを求めるような目線を寄越した。
「さうですな。娘の不埒な性癖を知って、取り乱してをりました。」
葉月王は眉根を寄せる。
「そんなふうに娘のことを認めない貴方の態度が蘭さんを傷つけたのではないのですか?」
便乗して麦彦は祐介を叱りつけた。
「そうですぞ! どのような性的指向を持っていようと、それは個性として尊重しなければなりません!」
「――え?」
「仮に蘭さんが女性しか愛せないのであっても、それは人を愛するという尊い感情には変わりありません! セクシュアルマイノリティのSOGIを尊重してマイクロアグレッションをなくしてゆくことがLGBTQ+にインクルーシブなダイバーシティというやつではありませんか!」
「あ――あの。」
「東條理事長の仰る通りです! それなのにどうして貴方は蘭さんを責め続けるんです!」
もはや祐介は何も反論しなかった。
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