第十五話 夢を叶える人
スマートフォンを切り、菊花は顔を上げる。
「いちごちゃん――蘭先輩がこっち向かってるって。」
一冴は身構える。
「――本当?」
「うん。なんか、祝賀会でトラブルが起きたみたい。それで、蘭先輩を山吹が連れ出したんだって。――いきなりで申し訳ないけど。」
トラブルというのが何か気になる。だが、今はそれどころではない。
「――分かった。」
一冴はスマートフォンを取り出し、紅子にメッセージを送る。
「朝美先生はどう?」
事前に打ち合わせていただけあり、返信はすぐに来た。
「懐中電灯を探してるところ。」
「大丈夫。外は気にかけてない。」
一冴は返信した。
「分かった。ありがとう。」
スマートフォンをしまい、菊花と梨恵に向きなおる。
「じゃあ――行ってくるね。」
行ってらっしゃい――と梨恵は言う。
気をつけて――と菊花もうなづいた。
靴を履き、窓を開ける。やや涼しい初夏の夜の空気がほほをなでた。メイド服のまま外を歩くのはためらわれる。しかし、行くしかない。
窓から出て、一歩、二歩と歩きだす。
暗闇の中、徐々に足を速める。
そして鎮守の杜を駆け始めた。
*
窓から出てゆく一冴を菊花は見守る。
その後ろ姿が消えると同時に、胸がうずいた。
蘭が傷つくことを知っていると、一冴に知られたくなかった。ましてや、メイド服を着る手伝いをするために一冴と外へ出たくもなかった――どうしても独りで行かせたかったのだ。
そのことに強い罪悪感を覚える。
しかし――今は成功を祈るしかない。
――女装男子は百合乙女の夢を見るか?
賽は投げられた。
*
等間隔に街灯の竝ぶ坂道を一冴は駆ける。
もはや人目など気にしていられない。蘭にどう思われるか迷っている場合でもない。たとえ偽物であったとしても、今は突き走るしかないのだ。
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