第十四話 夕陽の旅立ち
同日の夕刻のことである。
麦彦につき添い、東條邸の廊下を山吹は歩いていた。手には旅行鞄を持っている。廊下は長く、夕陽が差し込んでいるがほのかに暗い。
「御前、何も今日の出発でなくともよかったのではないですか?」
振り返ることなく、麦彦は答える。
「なあに――久しぶりの東京じゃ。夕食は銀座の鉄板焼きステーキハウスを予約しておる。それが愉しみでのう。お前はその辺で牛丼でも喰っとればよかろう。」
「はっ。」
やがて裏庭へ出る。そこには、一機の小型ヘリコプターが出されていた。
二人は縁側で靴に履き替える。
ヘリコプターに乗り、麦彦は助手席に、山吹は操縦席に着いた。
心配になり、ふと問う。
「御前――本当に体調はよろしゅうございますか?」
麦彦の顔は、先日よりも干からびている。顔色も悪い。目の隈も酷くなっていた。
「ふふふ。まさかこの顔のことを心配しておるのか? 大丈夫じゃよ。枕元に毎晩立つ先祖どもは、かっと目を見開きながら鋼鉄の意思で帰れ帰れと念じておるわ。」
「――はあ。」
「それとも何か? 老人にステーキは毒じゃと申すのではなかろうな? コレステロールがたっぷりだとか高血圧になるだとか。なぁに――栄養さえ摂ればこの顔もすぐに戻るわい。」
「左様にございますか。」
まさかとは思うが、夜な夜な
麦彦は右手を前へ伸ばす。
「さあ! 東京へ向けてはっしーん! じゃ!」
「はっ。」
山吹はエンジンをかける。
羽が高速回転し、機体が浮かび上がった。
そんな中、麦彦は歌いだす。
「
ヘリコプターが徐々に上昇してゆく。
「
東條邸の屋根より高く――それより高く上昇した。
「万里のぉー、波濤をー、乗ーり越ーえてー、
やがて、夕日に染まった鈴宮市の景色が眼下に拡がる。
茜差す空の中を、東へ向けてヘリコプターは飛んで行った。
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