第十二話 山吹の香り

翌日――二時間目と三時間目のあいだの休憩時間のことである。


実習棟から教室へと戻るために、菊花は渡り廊下を歩いていた。


前方から、一人の教師が歩いてきたのはそのときだ。


凛とした顔立ち――口元には真紅が引かれている。白いブラウスに、胸元の控えめなネックレス、紺のスカートと長い脚。


正確に言えば――その教師のことを最初、女性だと菊花は思った。


すれ違いざま、その教師は小さな声でささやく。


「菊花お嬢様。」


菊花は立ち止まる。


それが誰なのか、菊花は最初全く分からなかった。


「お判りいただけませんか? 山吹です。」


「――え?」


そして、山吹は男の声を出した。


「この声でお分かりいただけませんか?」


このときになり、ようやく気づいた。


「嘘――本当に?」


いくら菊花でも気づけるはずがない。何しろ、姿も声も完全に違っていたのだ。今の山吹は、どこからどう見ても「女教師」でしかない。


周囲を気にしてか、山吹は女の声をだす。


「御前に知られたくなかったため、女装しておりました。」


「――そう。」


そうは言われても、困惑は簡単には消えない。


「お伝えしたいことがございます。昼休憩にでもお時間はよろしいでしょうか?」


「う、うん。構わないけど――」


「他人には聞かれたくないことです。第一実習棟の西端の階段の下まで来ていただければ幸いです。」


「分かった。」

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