第八話 聞くともなし(菊・友・梨)
翌日の朝食の時間、一冴は独りで食事を摂っていた。
梨恵は、それを遠巻きに眺めている。
学年ごとに分かれている以外、食事の時の席は特に決まっていない。しかし、いつも一緒に食事を摂る仲間と、一冴は距離を取っているのだ。
何があったのかと昨日から何度も梨恵は尋ねた。それでも一冴は何も答えてくれない。ただ、強いショックを受けたらしいことは分かる。
不安そうに紅子が尋ねてきた。
「あの、私たち、避けられてないか?」
「うーん。」
ここまでショックを受けるようなこと――。
それは、一冴の秘密に関することではないか。もしそうならば、今は答えられないだろう――部屋には監視カメラがあるのだから。
菊花へ目をやると、居心地の悪そうな顔をしている。
食事を終えたらしく、一冴は席から立ち上がる。
それを目にして、梨恵は朝食をかき込んだ。
食事を終え、立ち上がる。
「うち、ちょっといちごちゃんと話してみるわ。」
二人は少し戸惑ったあと、うなづいた。
梨恵は急いで食堂を出る。
昇降口で一冴に追いついた。
「いちごちゃん!」
一冴は顔を上げる。
「あの、一緒に登校してええ?」
視線がそらされた。
「――うん。」
二人で寮を出る。
桜の木のトンネルに這入ったとき、小さな声で梨恵は尋ねる。
「何があったか、話してくれん? ここなら監視カメラもないで?」
一冴はちらりと目を向け、そして、うつむいた。
「――分かった。」
先日のことについて一冴は語りだす。
菊花が行なったことについて、梨恵は驚いた。同時に、菊花のことが信じられなくなる。
教室へ着いたあとも、そのことは頭から離れなかった。
だが、いささか疑問も感じる。
菊花は本当に話したのであろうか――と。
確かに、一冴に対して菊花は意地の悪いところがある。それでも、一冴が男だと話せばどうなるか分からないはずがない。加えて、先日のショックの影響で一冴は少し視野がせまくなっているように感じられた。
ともかくも――事実を確認しなければならない。
その日の昼休憩――教室に一冴はいなかった。どうやら学食へ行ったらしい。教室で食事を摂っていたのは、いつもの三人だ。
食事の最中、梨恵は菊花に声をかけた。
「菊花ちゃん――ちょっと二人でお話ししたいことがあるけえ、あとでええ?」
菊花は何かを察し、申し訳なさそうな顔となる。
「――うん。」
食事を終え、梨恵は菊花と教室を出た。教室を出る際、残された紅子は、心配そうな、それでいて寂しそうな視線で二人を送った。そのことに、いささか梨恵は罪悪感を覚える。
ひとけのない中庭へと移動する。
樹々に囲われた静かなベンチの上に坐った。
菊花が口を開く。
「それで――話って?」
「いや、一冴君のこと。鈴宮先輩に話したって本当?」
いちごちゃんという言葉を、あえて梨恵は避けた。何の話か一言で伝えたいという思いがあり、同時に、自分のほうが一冴と親しいことと示したいという妙な意地があったのだ。
菊花は顔をうつむける。
しばらく経ち、震える声で菊花は言う。
「話してないよ――本当は。――話すわけないじゃん。」
「じゃあ――何で?」
菊花は黙り込む。
「話しとらんなら、いちごちゃんに説明すべきでないの?」
なかなか答えようとしない菊花を前に、梨恵は少し苛立つ。
「本当は話したいの。」
菊花は手を顔に当てた。
「――話せないの。私がバラしたも同然だから。」
「――どういうこと?」
菊花は少し黙ったあと、ゆっくり口を開く。
「誰にも言わないで――」
それから、白山神社にろうそくを立てていたことを菊花は語った。話している途中から、菊花の声は潤んだ。その言葉も、途切れ途切れに嗚咽が入って聞き取りづらくなる。
何かの感情が梨恵の中に湧き上がるのを感じた。
自分と菊花の中には、同じ何かがある。
――何が?
目元の涙を菊花はぬぐう。
「だから――言わないでほしいの、このことも。私はまだ一冴に何も知られたくないから。本当は、蘭先輩に何も言ってないって言いたいの。けれども――これだって結局は私が原因だから。だから――どうしても一冴に申し訳なくて。」
菊花の背中を、梨恵はそっとなでる。
「そっか。」
同時に、何をすべきかためらった。
自分の中に湧き上がるこの感情に、どう対応すべきか梨恵自身も分からなくなっていたのだ。
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