第十話 謎解きⅡ

まっすぐに菊花は蘭を視る。


「私が絶叫を上げた後――蘭先輩は窓から逃げましたよね? だからこそ、窓から侵入したのだと思っていました。けれど、窓の鍵って普通は閉めますよね? いや、たまたま閉め忘れていたかもしれないですけど。」


「えゝ。二人部屋ですし、閉めたかなんて分かりませんね?」


「それでも、タイミングが良すぎませんか? 私の生理が終わって数日経った日に――しかも蘭先輩が夕食当番だった日に――窓の鍵をかけ忘れていただなんて。窓の鍵をけ忘れただなんて、夕食当番の時点で貴女は分からなかったはずでしょう?」


「いや、それは、偶然そうだったかも――」


「だったかも?」菊花は首をかしげる。「じゃあ、貴女はどこから忍び込んだのです?」


蘭は再び黙りこむ。


「聞き取り調査の結果――鎮守の杜の入り口にある東屋あずまやで、蘭先輩と理事長先生が一緒にいるところを見たという証言がいくつもありました。――間違いはありませんか?」


「え――えゝ。」蘭は目をそらす。「理事長先生、菊花ちゃんのことを心配してゐらしたみたいで――」


「心配? あのクソジジイが私の何を心配するんです?」


「それは、学校で上手くやっていってゐるかだとか――」


「私の部屋の鍵を渡すような人が、本気で私のことを心配していると?」


そのとき蘭の顔に浮かんだ表情は、困惑ではなかった。むしろ、何かに気づいたような顔だ。続いて、なんとか言葉を探そうとする。


「えっと、それはその、どういふ――」


「お祖父さまならやりかねないと思いまして。私を心配するふりをして、蘭先輩に近づいて、むしろ事態を混乱させる真似の一つや二つくらい。」


そして、菊花は一冴へ顔を向ける。


「ね、いちごちゃん? あの人なら、やりかねないよね?」


「い――いや、まあ、確かにやりかねないだろうけど――」


しかし、そんな言葉で蘭が納得するだろうか。


「蘭先輩、貴女は窓から忍び込んだんじゃない――ドアから堂々と侵入したんです。」


蘭の顔を一冴はうかがう。半信半疑だったのだ――そんなことがあるのかと。


しかし、気まずそうな顔を蘭はしている。


「多分、最初に近づいて来たのはお祖父さまのほうでしょう。――そして私の部屋の鍵を渡した。だからこそ貴女は、自分の好きな日を選んで私の部屋へ忍び込むことができた。」


菊花は一息つく。


「そしてあの日――私の夕食には催淫剤を、紅子ちゃんの夕食には睡眠導入剤を貴女は入れた。深夜――私が寝つくであろうというタイミングを見計らい、ドアから忍び込んだのです。そしてドアの鍵を閉め、窓の鍵を開けて退路を確保し、私へと夜這いをかけた――」


ふっ――と、乾いた笑いを蘭は出す。


「あくまでもそれは想像ですよね? 根拠はあっても証拠はありません。」


「――そうでしょうか?」


菊花は眉根を寄せる。


「蘭先輩――紅子ちゃんが作ってた飛行機は何色でしたか?」


蘭は怪訝な顔となる。


「空色だったと思ひますが?」


菊花は再び一冴へと顔を向ける。


「ねえ、いちごちゃん――何日か前、蘭先輩は部室で、紅子ちゃんが作ってたプラモのことを、いちごちゃんが書いた小説に出て来る航空機のモデルだって言い当てたんだよね?」


「え――うん。」


――もしかして、それって紅子さんが作ってゐた飛行機ですか?


その言葉が一冴は気にかかっていた。軍用機に無知であろう蘭が、Ла-7ラ゠スィエーミという言葉と紅子のプラモデルを的確に結びつけたのだ。しかも――食材を買いに出かけたあの日、一冴と紅子は、プラモデルと共に塗料も買っていた。


菊花は蘭を視る。


「蘭先輩――私の部屋にメイド服を持ってきた日の他に、紅子ちゃんのプラモデルを見る機会なんて貴女にありませんでしたよね?」


「えゝ、さうですが――」


「けれども――プラモデルはあのとき塗装前だったんですよ。いちごちゃんが作っていたプラモデルも、紅子ちゃんが作っていたプラモデルも、真っ白なプラスチック片だった。いちごちゃんが書いた小説に出てきた航空機とは、全く似ても似つかない姿だったのです。パッケージの描かれていた蓋も下向きに箱と重ねられていました。けれども、それを貴女は空色だと言った。」


瞬間、蘭は固まった。


菊花の顔がほころぶ。


「蘭先輩――貴女は六月三日――私のパンツがなくなる前日――の昼休憩に、忘れ物を取りに、一旦、寮へと帰ったそうですね? これは彩芽先輩と伊吹先生が証言してくれました。」


蘭は何も答えない。


「そのときですよ――私のパンツを盗んだのは。貴女は、伊吹先生以外に誰もいない寮で、私の部屋のドアを開けて忍び込み、洗濯籠からパンツを盗んだのです。そして、空色に塗られたプラモデルを見た。結果――元から空色だったと記憶を混同させてしまったのです。」


蘭はもはや何も言わなくなった。


菊花は一息つく。


「蘭先輩――私は何も犯人探しをしたかったわけではありません。たとえ蘭先輩が全てを告白したとしても、私は誰にも言いません。ただ――真相を知りたいだけです。貴女が本当に私を愛しているのならば、これ以上、もう嘘などつけないと思います。あと、パンツ返してください。」


蘭はしばらく黙っていた。


その沈黙こそが――回答も同然であった。


やがて、蘭は肩を落とす。


「本当に――怒らないで聴いていたゞけますか?」


「はい。パンツさえ返していただければ。」


蘭は目を伏せ、諦念する。


「確かに――菊花ちゃんの仰ったとほりです。」


そして静かに立ち上がり、自分の机へ向かった。


抽斗ひきだしから一つの箱を取り出し、テーブルの上へ置く。


箱には小さな鍵穴がついていた。


どこかからか蘭は鍵を取りだし、鍵穴にさしこむ。


蓋が開いた。


同時に、オルゴールの旋律が響きだす。


金櫛コームはじかれ、切ない音色を奏でた。


「この箱は――誰かが勝手に開けたら分かるやうにオルゴールが内蔵されてゐます。」


そして、箱の中を二人に見せる。


一冴はぎょっとした。


箱の中には、丁寧に折り畳まれたショーツが敷き詰められていたからだ。その一つ一つには、隠し撮りしたらしい寮生たちの写真が貼られている。


蘭はショーツの束を取り出し、テーブルの上に竝べる。


紅子の写真が貼られた物、梨恵の写真が貼られた物、一冴の写真が貼られた物。


そして、菊花の写真が貼られた物が二つ現れた。


オルゴールの旋律の中、蘭は項垂れる。


「わたくしは――かうして、可愛らしい寮生のパンツを盗んできました。」


菊花は目を大きく見開いている。


「あ――あの、蘭先輩?」


オルゴールが――。


オルゴールが響いている。


「菊花ちゃんの仰る通り、理事長先生からもらった鍵を使って、部屋に忍び込んで盗みました。洗濯前のパンツがどうしても欲しかった。わたくしにとって、菊花ちゃんは特別な人です――ゆゑに二度も盗んでしまひました。さうして――この可愛らしいパンツで、一体どれだけ自涜いたしましたことかしら。」


あまりの言葉に、一冴は仰け反る。


「じ――じとく?」


「はい。パンツに残った香りは、菊花ちゃんの可憐な姿を思ひ起こさせたのです。」


菊花のショーツを、まるで匂い袋のようにそっと蘭は鼻に近づける。


そして、上品に匂いを嗅いだ。


耐えきれず、菊花は叫ぶ。


「変態ダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッ!」


その声は、寮全体に再び響いた。

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