第七話 薄暗い部屋で
振り返ったまま一冴は動けなかった。
部屋ばかりか、寮の明かりが全て消えているようだ。日は落ち切っていないため、薄い闇に部屋は沈んでいる。そんな中、梨恵が顔を向けていた。
一瞬の後、慌てて一冴は身体を隠す。
胸元は見られただろうか――小さいと言えどパッドの入った胸元は。腹周りのくびれはどうか。少し見ただけでは分からないはずだ。
梨恵はドアを閉める。
「いちごちゃん、どしたん?」
「あ、いや、その――」
この部屋にも監視カメラはあるのだ。
麦彦は見ているのであろうか。他人の人権や法律など全く考えないのが麦彦だ。今からでも取り繕えるであろうか。そうでなければ――。
ふっと、梨恵が口を開く。
「これから十分間、停電が起きるだって。だけえ、監視カメラの電源も切れとるし、理事長先生も見とらん。」
胸元を隠しつつ、一冴は梨恵へ目をやる。
真剣な顔つきを梨恵はしていた。
一冴は目を瞬かせる。
「え――何で?」
「昼間、女の先生から聞いただが。――あの、紅い口紅の人。いちごちゃんも、前に会ったことがあるでない? それで――学校や寮に監視カメラがあるって教えてもらったんだら?」
実習棟で会った「彼女」のことを一冴は思い出す。
梨恵の言う通りであった。「彼女」から受け取った紙に書かれていたものは、学校と寮に設置されている監視カメラの位置だ。しかし、「彼女」が何者なのか一冴はいまだ知らない。
「まあ――そうだけど。」
「とりあえず、はやぁ着替えない。時間は十分しかないだし。」
「あ――うん。」
一冴は上着を手に取る。
梨恵は知っているというのか――麦彦が監視していることを。しかも、タイミングよく停電が起きた。何が起きているのか分からない――安心していいのかどうか分からないのだ。
梨恵はベッドに腰をかける。
「いちごちゃん――男って本当?」
一冴は身体を強張らせた。
何も答えられない。
梨恵はますます怪訝な顔となる。
「ねえ――男なん? 本当に?」
困惑と混乱が襲ってきた。
しかし、もうバレている。
一冴は訊き返す。
「――何で?」
「聞いただが――あの女の先生から。」
どういうことだろう。
自分が男だということを「彼女」は知っているのか。
――いったい何者なんだ?
「とりあえず――事情は教えてもらえる?」
男がいることを完全には許していない――そんな顔を梨恵はしている。
梨恵はスマートフォンで時刻を確認した。
「あと八分。それから先は監視カメラも作動する。」
うん――と答え、一冴は上着を羽織る。
着替えはすぐに終わった。髪はまだ、しっとり濡れている。
申し訳なさを感じ、テーブルの前のクッションに正座する。
そんな一冴を梨恵は見下ろしていた。
「それで――男なん?」
どうやら、もはや説明せざるを得ないらしい。
「うん。」
外からは雨音が聞こえ続けている。
とりあえず、事情は話さなければならないのだろう。同じ部屋に男子がいるなど、梨恵にとっては気持ちが悪いに違いない。
「えっと、どこから話したらいいか分からないんだけど――」
それから、入学することとなった経緯を手短に話した。
父親に借金があることや、麦彦から無理やり入学させられたこと――当然、男だとバレたらゲイビデオに出演させられることや、女子たちに手を出したら去勢されることも。
去勢の件に触れたとき、梨恵は目を瞬かせた。
「え、ちょん切られちゃうの?」
うん――と言い、一冴はうつむく。
「え、え、マジで?」
何かが琴線に触れたらしく、ぷっと梨恵は吹き出す。
「えっ、ちょん切られちゃうんだ! あれが? ちょっきーんって? ちょ、ちょん切られちゃうんだ! ふふふ。ヤバいね!」
一冴は男の声を出した。
「笑い事じゃねえよ。バレないよう、こっちは必死だったのに。」
「あはは。ごめん、ごめん! だって――ちょん切るって――ひひひひ。」
梨恵はなおも可笑しそうにしている。
一冴は溜息をついた。
「そういうわけで――俺だって不本意なんだから。この部屋にも監視カメラはあるし、変なことしたらちょん切られるし、着替えだって見ないようにするから――その――」
梨恵はなぜか寂しそうな顔となる。
「誰にも言わんで――ってことだら?」
「うん。」
笑われてもなお、申し訳なさを一冴は感じた。
「あの――本当にいいの?」
「何が?」
「いや――部屋に男がいるなんて。」
梨恵は少し考え込む。
「まあ――そりゃ驚いたけど――まさか男の子だとは思わんかったし。それに、いちごちゃんをゲイ、いひひ、ゲイビデオに、出演させるわけにもいかんし。ふふふ。」
「うん。」
笑いものにされるだけですんだのは、幸運と言うべきなのだろう。
しかし、そこまで笑うことはないではないか。
少し腹立たしくなり、一冴は顔をそらす。
「とりあえず――電気が戻ったら監視カメラも動き出すし――バレたと判ったら、どうなるか分からないし――バレてないふりをしてほしいんだけど。今まで通り、朝は少し早く出てくし。」
梨恵は少し黙った。
一冴が朝に早く出ていくのは、梨恵の着替えを見ないためだ。
そのことを梨恵も理解している。
「ちなみに――いちごちゃん、本名は何ていうん?」
「一冴。一つに、冴えるで、かずさ。」
梨恵は軽くほほえんだ。
「そうか――かずさ君、か。」
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