第二話 雨の日の失踪

事件が発覚したのは、六月四日・水曜日である。


菊花は、学校から帰って来たあと洗濯を始めた。


洗濯機のスイッチを入れ、洗濯場を離れる。


数十分後、洗濯場へ戻って洗濯物を取り出す。雨が続いているため、乾燥機を使って乾かした。スマートフォン見ながら少し待つ。やがて乾燥機が停止した。


洗濯物を部屋へと持ち帰り、畳み始める。


ショーツが消えていることに気づいたのはこのときだ。


間違いはない――以前に洗濯したのが日曜日なのだから、ショーツは三つなければならない。それが、いま目の前には二つしかないのだ。


洗濯前に落としたのかとも思い、試しに、洗濯籠の周りを探してみる。


しかしショーツはなかった。


同志タヴァーリシ菊花、どうした?」


「いや――パンツがなくなってるの。」


「また――?」


それから洗濯場へと引き返し、洗濯機の中やその周辺も探してみる。


やはりショーツはどこにもない。


間違いはない――再び盗まれたのだ。


しかも、洗濯物はまだ干していない――外部の犯行とは考えられない。


――いつ盗まれた?


ショーツはずっと部屋の中にあった。入浴の時間に脱いだ時も、脱衣所には鍵をかけていた。恐らく、洗濯機から目を離した隙に誰かが盗んだのだ。


――もう我慢できない。


菊花は食堂へ向けて駆けだした。


食堂では、夕食当番の寮生に朝美が指示を出している。


「先生えええーっ! パンツが盗まれましたああーっ!」


朝美は首をひねり、は、と言った。


「ですから、パンツが盗まれたんですよ、パンツが!」


それから菊花は、ショーツがなくなった経緯について説明する。


「どこかに落とした可能性はないんですか?」


「いえ――探したけどどこにもなかったんです。」


来てください――と言い、菊花は朝美を連れ出す。


部屋へと戻り、ショーツが二枚しかないことや、どこかに落としたわけでもないことを説明した。続いて、洗濯場にも連れ出し、洗濯機の中も見せる。心配した紅子も着いてきた。脱衣所に落としたのではないか――と言う朝美を、脱衣所へも連れて行く。


当然、脱衣所にもショーツはない。


騒ぎを聞きつけた寮生たちが集まってくる。


これで二度目なんです――と菊花は言う。


「パンツがなくなったの、これが初めてじゃないんです。前に消えた時も、干す前になくなってたんですよ。私だけじゃありません――紅子ちゃんも、いちごちゃんも梨恵ちゃんも盗まれたって言ってました。」


やがて一冴が洗濯場に現れる。そして、何の騒ぎ、と紅子に訊ねた。


「いや――パンツが盗まれたんだって。」


「――また?」


やがて朝美は納得した顔となる。


「なるほど――そうですか。」


そして、難しい顔で考え込む。


「東條さんもご存じかと思いますが、パンツがなくなったと訴える寮生は昨年から何人かいました。その中には、干す前に消えていたと言っていた人もいます。」


寒いものを背筋に感じる。


「去年から――ですか?」


「ええ。」


それは、蘭が入学してからではないのか。


蘭と彩芽が現れたのはその時だ。二人とも、三角巾とエプロンをつけている。蘭の姿を目にし、菊花は警戒する。一方、蘭は心配そうな視線をよせた。


「あの――大丈夫ですか? 心配になって様子を見に来たのですが。」


「いえ」と朝美は言う。「東條さんのパンツがなくなったのだそうです。」


「まあ――菊花ちゃんの。」


蘭を逃がすまいと思い、菊花は口を開く。


「蘭先輩――今までどこにおられたんですか?」


「え――厨房ですが?」


「ずっといたんですか? 離れることもありましたよね?」


一瞬、躊躇するような表情が蘭の顔に浮かんだ。


「なぜ――そんなことを?」


「私のパンツは、干す前に消えていたんです。――恐らく、洗濯機から目を離した隙に誰かが盗んだんでしょう。今のところ疑わしいのは、私にストーキング紛いのことを働いていた貴女です。」


「東條さん!」朝美は声を上げる。「貴女は何てことを言うんですか!」


戸惑いの目を向けつつも、冷静に蘭は問う。


「洗濯機から目を離したのはいつですか?」


「十五分ほど前です。」


「わたくしは――六時からずっと厨房を離れませんでしたが?」


何と言うべきか菊花は迷った。


「一度も――離れなかったんですか?」


「はい。――一度も。」


隣で彩芽が口を開く。


「蘭を疑うのはやめなさい。私の隣にずっと蘭はいた。証人も他にいる。」


一冴も同意した。


「いくら何でも偏見じゃない? 蘭先輩を疑ってかかるのは失礼だよ。」


「そのとほりです。いくらレズビアンだからって、他人のショーツを盗むと思ひました? 愛する人の性別が違ふだけで、そのやうな疑ひの目を向けるのは不当です。」


そう言われれば詰まってしまう。


少しして、紅子が口を開いた。


「し――しかし、レズビアンだからパンツを盗まないというのも論理的に問題はないか? 確かに、レズビアンは個性であって変態ではない。けれども、レズビアンかつ変態という場合もあるではないか。」


一冴は目を瞬かせる。


「レズビアンかつ――変態?」


その場にいた者の視線が一斉に蘭を向いた。


「な――何でわたくしを見るんですの?」


しかし、ショーツを盗めた時刻に蘭が厨房にいたことは事実らしい。


つまり、アリバイがある。


では。


――蘭先輩じゃ、ない?

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