第七章 白山女子寮連続パンツ失踪事件-前編

第一話 これがゆえに恋はできない。

五月三十一日――土曜日の昼下がりのことである。


菊花の部屋へと一冴は遊びに来ていた。プラモデルを紅子と作るためだ。


季節は既に梅雨である。窓の外は暗く、雨音が聞こえていた。


一冴が作っているのは日本帝国の爆撃機・彗星であり、紅子が作っているのはソヴィエト聯邦の戦鬪機・Ла-7ラ゠スィエーミだ。テーブルの上には、蓋を下に重ねた箱が二つと、無数のプラスチック片、接着剤などが転がっている。


ベッドの上では菊花がうつぶせになり、ミステリ小説を読んでいた。


紅子が口を開く。


「しかしまあ、こうして見てみると艦上爆撃機と戦鬪機って結構ちがうね。外見だけだと、そんな違わない? って感じなんだけどさ。—―そっちは二人乗りなんだっけ?」


「うん。コックピットもそれだけ広く取ってあるし、後方が開けてるよね。爆弾も五百キロまで搭載できたっていうし。」


「あー、こっちは二百キロまでだわ。」


「けど、そっちのほうが速いんでしょ? 彗星は一二型で五百七十キロまでだから。」


「こっちは最大で六百八十キロ。まあ、用途が違うからね。」


ドアがノックされたのはそのときだ。


はい――と紅子は返事をする。


ドアが開き、ビニール袋を手にした蘭が現れた。


「すみません――菊花ちゃんに用があって参りました。」


菊花は顔を上げ、露骨に眉をひそめる。


「—―何ですか?」


「いえ――実は先日、амаzоиで可愛らしいメイド服を見かけましたの。菊花ちゃんに似合ふのではないかと思って、ついポチってしまひました。それが今日とゞきましたので、よろしければ着ていたゞけませんでせうか――?」


言って、手元の袋を蘭はさしだす。


菊花は迷惑そうな顔をした。


「いや、そんな物わたされても――」


「えっ? 夕食の当番のときとか、この服で作って下さったら可愛いなと思ってゐたのですが。」


「迷惑です。」


蘭は残念そうな顔をした。


代わりに、紅子が身を乗りだす。


「ほう、メイド服ですか。」


「はい。可愛らしいふり〳〵のメイド服です。」


「菊花ちゃんがいらないなら、私が受け取ってもいいですか?」


「構ひませんよ。」


紅子は袋を受け取り、まじまじとながめる。


「着てみてもいいですか?」


「えゝ、是非とも!」


紅子は袋を開け、メイド服を取りだす。


濃紺のうこんのワンピースと白いエプロンが現れた。


紅子が服を脱ぎだしたので、一冴は目を逸らす。


代わりに、プラモデルの続きを作った。


やがて紅子の声が聞こえた。


同志タヴァーリシいちごー、ちょっとエプロンの後ろ縛ってくれー。」


顔を上げる。


紅子は、濃紺のワンピースの上に白いエプロンを羽織っていた。リボンは結ばれておらず、背中に垂れている。一人では確かに結びづらそうだ。


紅子の背中へと廻り、リボンを結ぶ。肩から伸びたフリルが腰に交差した。細い腰。丸い尻。一冴にはない女の身体を紅子は持っている。尻より少し上の位置に、白い羽のようなちょうちょ結びが拡がった。


メイド服を着終えた紅子は、さまざまなポーズを取り始める。


「まあ、可愛らしいですわ、紅子ちゃん。」


かすかな羨望のあとに、劣等感を覚えた。


作りかけの戦鬪機を一冴は再び手に取る。


そして、ふっと気づいた。


なぜ、菊花にばかり蘭は目を向け、一冴には振り向かないのか。しかし、これが原因ではないだろうか。根本的に一冴は男だ。そうであるがゆえに、知らず知らずのうちに何かの違いが出ているのではないか。

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