第九話 電話

その日の晩のことである。


東條邸の一室で麦彦は電話をかけていた。


背後には山吹も控えている。


重苦しくも狭い洋間。戸棚や壁には、トロフィーや賞状や勲章――麦彦の肖像や胸像などもある。端的に言えば自己愛にまみれた部屋だ。


受話器を片手に、麦彦はうなづいた。


「ええ。確かに、私が見たところ蘭さんに好きな方はおられないようですよ。とりたててそんな風もなく、健全な学園生活を送っておられますね。椿事ちんじは全く聞きません。」


嘘八百を麦彦はならべ立てる。


「はい――少なくとも、私が聴きましたところによれば好印象を持っておられるようです。充分に脈はあるでしょう。鈴宮さんの仰る通り上手くゆくと思います。ええ。おつきあいなさってくださればよろしいなと――私もそう思います。」


それから、しばらく受話器に耳をかたむけた。


「え、私も誘って下さるのですか? あ、いやいや、それは。そのような会に私も誘っていただけるなど、恐縮の限りでございます。あ――いえいえ、滅相もございません。」


それから何度か社交辞令的な挨拶をしたあと、麦彦は電話を切った。


そして、死神のような顔で笑む。


「計画どおり。――誕生会に呼ばれることとなったぞい。」


「それは何よりにございます。」


「ま――あと一か月ほど先のことじゃがな。それまで、こちらはこちらで、一冴君や菊花との関係を邪魔して愉しませてもらおうかの。」


麦彦はソファへ腰をかける。


「うーむ、次はどうしてやろうかのう。一冴君が用意した菓子を喰ってやるのも一興じゃの。けけけ。しかしながら、同じことを二度もやるのはつまらんのう。」


「いっそ、プリンに針でも入れてやりましょうか?」


麦彦は少し驚く。


そして苦笑した。


「まあ――手加減を加えい。鈴宮蘭との関係が完全に破綻するでもないほどのこと――そこが大事なのじゃ。」


山吹は頭を下げる。


「出過ぎた真似をいたしました。」


「まあ、代わりに強力な下剤でも入れてやるかの。そうすれば、鈴宮蘭はトイレさんとお友達じゃ。けけけ。どうあれ、一冴君は儂のおもちゃじゃよ。」

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