第八話 おかしな相談

夕食前――毎週火曜日に放送される『だいふくねこ』を一冴は談話室で見ていた。梨恵と紅子も一緒だ。菊花も同席している――今日、蘭は朝美から用事を頼まれており、談話室に顔を出す可能性がないためだ。


番組が終わった。


蘭の誕生会について、一冴は菊花に説明する。


「で――できれば、菊花ちゃんも誘ってほしいって言われたんだけどさ。」


「んなもん――行くわけないでしょ。」


「やっぱりね。」


梨恵が身をのりだす。


「それって、いちごちゃんは行くん?」


「うん。」


「けど、プレゼントは?」


一冴は考え込む。


「うーん。」


「どうせだったら、鈴宮先輩が喜んでくれさぁなプレゼントを持ってったらええでないかな? せっかく誘われとるだけえ。」


「そうかも。」


しかし一冴は再び考え込んだ。


「けど――プレゼントなんて何を渡せば?」


「いや――鈴宮先輩が好きさぁなもん、いちごちゃんのほうが詳しいでないの?」


そう言われると詰まる。


菊花は意地悪な顔となった。


「まあ、蘭先輩はお嬢様だからね。欲しい物なんか、子供の頃からいくらでも買ってもらえてたんじゃないの? いちごちゃんのお小遣いで買える物で、はたして喜んでくれるかどうか。」


確かに――自分が買えるものなど限られている。好きでもない人物から、欲しくもない我楽多がらくたをもらったところで、蘭にとって迷惑ではないのか。


紅子が口を開く。


「あまり意地悪を言うでない、同志タヴァーリシ菊花! 物質的享楽などしょせん資本主義の産物でしかない! 大切なのは革命への情熱と祖国への心であるはずだ!」


「心――? 共産主義って唯物論じゃなかった?」


「いや、そもそも唯物論の定義というのはだな――」


マルクス主義について熱く語りだした。


ふっと一冴は気づく。


「蘭先輩が好きな物って――お菓子じゃなかったっけ?」


梨恵は目を瞬かせる。


「お菓子?」


「うん――なんか、女の子の手作りお菓子が好きだって前に言ってたと思うんだけど。寮にいたら、そういうのはなかなか食べられないって。」


「どんなんが好きなん?」


「いや――よくは分かんない。」


「けど、それだったら、ほしくない物をあげちゃう失敗も防げるかも。心を込めて作りゃあ喜んでくれるよ。」


「そう――かな?」


だが、一冴は戸惑う。


「けれど、私、お菓子なんて作ったことないんだけど――」


「任せて。」


梨恵はスマートフォンを取りだす。


そして何かを検索し、出てきたページを一冴へ見せた。


「ほら――プレゼントに喜ばれる手作りスヰーツだってさ! こん中から、鈴宮先輩が喜んでくれさぁなん作ってみりゃええでないかな? 何なら、うちも手伝うし。」


「本当?」


「うん。お菓子なら少しだけ作ったことあるし。前にも言ったけど、『かわいい』のことなら任せて!」


「ありがとう。」


そして、じっくりとページを見る。アイスボックスクッキー、チーズケーキ、カップケーキ、どら焼き、ババロア――。正直なところ、どれを選べばいいか分からない。


紅子が画面を覗きこんだ。


「クッキーだったら、蘭先輩はいつも部室で食べてるし、作らないほうがいいんじゃないのか? それに、ケーキも誕生会で出るって言ってたし、重なると思うが。」


「あ――そうか。」


「あと、その日のうちに食べきれないこともあるし、ある程度は日持ちがするほうがいいだろう。」


「なるほど。」


梨恵が口を開く。


「じゃあ――このガトーショコラとか、小さなフルーツパイとか、苺のチョコレートプリンとかもよさげだな。苺を使えば、いちごちゃんが作ったってアピールにもなるかも。」


「そうだね。」


しかし、ふっと劣等感を覚えた。


蘭は――あくまでも「女の子」が作った菓子が好きなのだ。男である自分が作った菓子をプレゼントするなど、偽りの情報で相手を喜ばすことと変わりがないのではないか。


梨恵が尋ねる。


「ところで――鈴宮先輩のお誕生会って来週の月曜だっけ?」


「うん。」


「だったら、土曜日にでも食材の買い出しに行かん? 失敗せんよう、土曜日にまず作って、日曜日に本番で作るだん。月曜なら、あんま日も空かんし、数日くらいなら食材も痛まんと思う。」


「そうだね。」


紅子が口を開く。


「そういうことなら、私もお供しようではないか! 同志いちごの恋のために!」


一冴は苦笑する。


「あの――あんま大きな声では。」


菊花へと梨恵は顔を向ける。


「菊花ちゃんも、来る?」


「行かない。」

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