第三話 寝不足の二人

翌日、菊花は酷い寝不足だった。


菊花が絶叫したあと、心配した寮生や朝美が駆けつけてくれた。しかし、そのとき既に蘭はおらず、その傍らで紅子は熟睡していた。


結局、部屋に蘭が忍び込んだことは信じてもらえなかった。夢でも見たのだろうということにされ、朝美からはしかられてしまった。


それから翌朝まで、寝ようとしても目が冴えていたのである。


しかも、一冴が告白した日以来、菊花は弁当を作り続けている。その朝もまた、弁当を作るために菊花は早く起きた。


結果、ほとんど寝られなかった。


一方――あれだけ熟睡していたというのに、なぜか紅子も眠そうな顔をしていた。そんな顔に、菊花は少し苛つく。


昼休みのことである。


その日もまた、菊花と一冴は校舎裏で弁当を食べていた。


本日の弁当はカルビ丼である。しかも松坂牛の霜降り極上カルビだ。一冴に気に入られるべく、金にあかした弁当を菊花は作り続けている。そんな高級食材が使われていると知らない一冴は、菊花はとても料理が上手いのだと思い込んでいた。


一冴の弁当は、菊花の弁当の二倍程度の分量もある。それなのに、菊花が半分も食べないうちに一冴はいつも完食する。


弁当を食べながら、菊花は大きなあくびをした。


「ふあーあ。」


「大丈夫なのか、お前?」


「うーん、大丈夫じゃないかも。もう、眠くて眠くて。」


「自律神経崩れてんじゃない? この季節、俺も睡眠時間が変な感じになるしさ。」


「――うん。」


蘭が忍び込んできたことは、誰に説明しても信じてもらえない。それは一冴も同じだ。弁解することに疲れ、信じてもらうことはあきらめた。


やがて菊花も食事を終える。


そうして、弁当箱を片づけようとしたときだ。


ひとけのない校舎裏に、何者かが現れた。


「あら――菊花ちゃん、いちごさん、こゝにいらっしゃったのですね。」


菊花の顔が引きつる。


しかし、構わず蘭は近づいてきた。


「菊花ちゃん、最近はお弁当を作っていらっしゃるのですね。道理で、学食にお姿を現さなかったわけですわ。――お隣、よろしいでせうか?」


言いつつ、菊花の隣に蘭は坐る。


「あ――あの、あの。」


「菊花ちゃん、お料理がお得意なんですか? できれば、わたくしも菊花ちゃんのお弁当を食べてみたいのですけれども。」


「いえ。」


菊花は急いで弁当箱を片づけ始める。


「あの、私、用があるので――」


そして、校舎裏から立ち去った。


「まあ――菊花ちゃん、そゝっかしいのですね。」


ええ――と一冴はうなづく。


一冴の告白など、全くなかったかのように蘭はふるまっている。


やや落胆していると、一冴のほほへ蘭の手が触れた。


「いちごさん、ご飯粒がついていらっしゃいますわ。」


一冴のほほについていた飯粒を蘭は手に取り、そっと口に運んだ。


「あ――あの――?」


「菊花ちゃんと同じやうに、いちごさんもそゝっかしいのでせうか?」


一冴は顔を紅くし、うつむく。


一方、蘭は口の中で飯粒をなめ回していた。


――うふゝ、菊花ちゃんの作ったお料理の味♡

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