第四章 いちごちゃんは告りたい!

第一話 花の微笑

鎮守の杜の石畳を踏み、白い上着と深緑のスカートをまとった少女たちが学園へ向かう。


セーラー服は衿まで白い。ネクタイは浅葱。――純白の花弁を五つに裂いて拡がり、青い茎からうなだれた百合を思わせる。その中に、男子生徒がいるとは誰が思いもよろうか。


四月二十二日――火曜日。


授業が始まる前の休憩時間――教室の机に両ひじを突き、一冴は溜息をついた。


一年桜組、上原いちご。それが今の自分だ。男子がいない――自分でさえも女装している――この環境も日常になりつつある。


頭の中には、先日の出来事があった。


――貴女が好きです。


この気持ちを秘めたまま既に三年近く経つ。


――いつまで秘めてるんだろう。


ふっと、梨恵から声をかけられた。


「どしたん、いちごちゃん? 元気ないな。」


「うーん。まあ。」


アニメや漫画では、窓辺の後方の席に主人公は坐ると決まっている。席替えがあったのは先週のことだ。くじ引きの結果、一冴はそこに坐ることとなり、梨恵は前に来た。


梨恵は何かに気づいた顔となる。


「ひょっとして、恋の悩み?」


「えーっと、まあ、うん。」


梨恵は身を乗り出す。


「どんな人なの?」


どう答えたらいのか迷う。まさか蘭だとは言えない。しかも、女子のコイバナは「どうだっていいでしょ」では済まないと菊花は言っていた。本当かは分からないが、とりあえず、ぼかして言うことにする。


「えーっと、中学校の頃の――先輩なんだけどね。あの、好きな人がいるんだって。まあ、その人が好きな女の子は、その人のことを好きじゃないんだけどさ。」


「ふうむ。つまり、いちごちゃんは片思いの彼に片思いなだな。」


「そういうこと。」


無論――「彼」ではないのだが。


「けど、彼も片思いなだら? てことは、まだチャンスあるがん。」


「まあ、そうだけど。」


「ちなみに、どんな人が好きとか分かるん?」


「うーん。――女の子が好きみたい。」


梨恵はきょとんとする。


「まあ、そりゃ、ゲイでもない限りはね。」


一瞬、詰まった。


まさかレズビアンであるとは言えない。


「あ、いや――そうじゃなくって、女の子らしい女の子が好きなんだって。さらさらの黒い髮が特に好きみたいなんだけど――。けど、私、あんま女の子らしくないっていうか。」


らしくないどころか、「男」なのだ。


「そう? うちは、いちごちゃん可愛かわええって思うけど。」


少しうれしくなる。


「本当?」


「うん。そんな気になるんなら、もっと笑ってみたらええが?」


「笑う?」


「そうそう。」


梨恵は手鏡を取りだす。硝子ガラス板の中に「いちご」の顔が写った。


鏡に映る自分は光が作った虚像、同時に自分自身でもあるのだ。


「まずはさ――『イ』って言う時の口をしてみて。」


言われるがまま、「イ」の発音の口をする。


鏡の中の顔はこわばっている。


「次は、『ウ』って言う時の口してみて。」


何をしたいのかよく分からなかったが――とりあえず従った。


それから、唇の上下をふくらませたり、左右のほほをふくらませたりした。


「ほら、笑ってみて。」


言われるがまま笑う。


自然な笑みができた。


「ほら! 可愛くなったが!」


可愛いと言われ、さらに口元はほころぶ。確かに笑った方がいい。鏡の中の少女は、ほほえんだときの方が心惹かれる。


そっか――と一冴は言った。


「ありがと、梨恵ちゃん!」


「どういたしまして。うち、『かわいい』については詳しいつもりだけん。何かあったらまた相談してね。」

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