第十三話 百合と菊
菊花を追いかけて実習棟の端までたどりついた。
周囲を見回しても菊花の姿は見えない。
階段を下り、一冴は声をかける。
「菊花ちゃーん、どこー?」
一階まで降りた。
ふと目をやると、スカートの端が階段の陰から覗いていた。
そこを覗き込む。
階段の下には、きゃたつや机などが積まれている。その狭間に菊花はいた。身体を丸め、震えている。
周囲に人がいないのを確認し、一冴は男の声を出す。
「一体なにしてんだよ、お前は。」
菊花は顔を上げる。
「あ――いや――その――」
「驚くのは分かるが――絶叫して逃げ出すほどか?」
「いやっ、だって――」蒼い顔で菊花は言う。「私、女だよ? それなのに、その、髪が綺麗なんて言われても、あの、やめて、みたいな。」
一冴は呆れ果てた。
「お前、この間はダイバーシティだのインクルージョンだの言ってなかったか?」
「いや、あのあの――」
菊花は白々しい弁解を始める。
「別に、他人がやるのはどうとも思わないんだけど、好きになられたら、う、ってなるっていうか――。だって、おんなじ身体だよ? それで、つきあったり、キスしたりするって――」
「綺麗ごとかい!」
同性を愛する気持ちは変えられない。一方、同性愛に対して抵抗感を持つ者の気持ちも変え難いものではないだろうか。
「いや――よりによって何で私を好きになるわけ?」
菊花は頭を抱える。
「私以外にもよさそうな人なんていくらでもいるじゃん。しかも、もう文藝部にまで入っちゃったし――。一体、何なのよ、ドストライクって――。」
それは一冴も同意せざるを得なかった。
――何で菊花なんだ。
蘭が歩み寄ってきた時は期待した。しかし次の瞬間、その期待は完全に裏切られる。蘭の好意は自分を外れ、隣にいる菊花へと向かったのだ。
まるで――僅差で的を外れた矢のように。
一冴が好意を向けるのは、女性しか愛することのできない蘭。そんな蘭は菊花へと好意を寄せており、菊花は一冴へと好意を寄せている。
気づけば
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