第十話 テーブルの上の戦争
翌日・土曜日の十一時ごろ、一冴と梨恵・菊花・紅子の四人は揃って寮を出た。学校のある高台を下る。ふもとの喫茶店で昼食を摂った。そのあとはコンビニで菓子を買う。
寮へ戻り、一冴と梨恵は、紅茶とポットを取りに食堂へ行く。
部屋へ戻る途中、一〇八号室から出てきた二人と顔を合わせた。紅子はパソコンを抱えており、菊花は
一冴は首をかしげる。
「このお供え菓子は何?」
「いや、せっかく鑑賞会を開くなら、お菓子もっと持ってきた方がいいと思って。」
「あっそう。」
一〇五号室へと戻り、紅茶を淹れる。
紅子はパソコンを立ち上げた。
映画が再生される。
ソヴィエト連邦第二の都市――レーニングラード。千九百四十一年、街は戦場となった。主人公は、街に取り残されたアメリカ人女性ジャーナリストだ。そんな彼女を救ったのは、ソヴィエト連邦の女性市民兵だった。
一冴の書こうとしているものと確かに似ている。
そうして、やがて気づいた。
百合と戦争は合わないと思っていた。戦争で犠牲となるのは常に女性と子供だ。ましてや、少女が戦場へ出ることなどない――そう思い込んでいた。
だが、この映画のヒロインは兵士として戦っている。
画面に映る瓦礫の街――餓死者、暖房さえ失われて凍死する人々。ヒロインが戦うのは兵士が少ないからだ。
例えば、人的資源が不足した場合――少年兵ならあり得る。そこに、敵に家族を殺害された少女が髪を切って混ざるのはどうだろうか。
一連のひらめきは、物語を形にしたいという思いへと発展していった。
――ひとりは志願兵の少女。
もうひとりは兵士ではないほうがいい。
――徴募された看護師の少女。
祖国がまだ平和だった頃から、二人は強い友情で結ばれていた――恋愛感情と言えるほどに。しかし、戦争によってすれ違いが生まれる――両想いの恋が引き裂かれる。
こんな物語でさえ、「女子らしくない」と一概に否定できるものだろうか。
映画が終わり、エンドロールが流れる。
画面が真っ暗になった。
梨恵が感動の声をもらす。
「すごい良かったなー。戦争映画って初めて観ただけど――意外と戦争のシーンばっかでないだんな。」
うん――と一冴は同意する。
「食料も資源も枯渇してゆく描写が凄かった。けど、二人の出会いと別れの切なさに合ってた。」
不安そうに菊花は尋ねる。
「これ――本当にあったこと?」
「そだよ」と紅子は言う。「まあ、映画では描写が抑えられてるけど。何しろ、九百日も兵糧攻めにされたから。餓死した市民が道端にゴロゴロ転がってて、それを生き残った市民が食べてたんだって。」
「――うわあ。」
「まあ――そんな歴史の重みによって映画は作られているのだよ。」
梨恵は訊ねる。
「どう――いちごちゃん? 何かアイデア湧いた?」
「うん。」一冴はうなづく。「書けそうな気がする。」
事実、一つのイメージが一冴の中で固まりつつある。発想の幅を狭めていた先入観がなくなり、想像が自由に膨らんだのだ。
「やっぱりこの映画、観てよかった。」
紅子はぱっと明るくなる。
「おう、そりゃよかった!」
「ありがと、紅子ちゃん。インスピレーション湧いた。」
紅子はにまりと笑う。
「どうもどうも、
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