第九話 タヴァーリシ
それから四人は中庭へ移動した。
木陰のベンチに坐る。
周囲に人はおらず、校舎の喧騒は遠い。
紅い七宝の星が一冴の目の前には輝いている。
「えーっと、つまり筆坂さんはミリオタってこと?」
「うん。どちらかというと共産趣味者。」
菊花が口を挟む。
「共産主義者――?」
「共産主義者じゃない――共産趣味者。つまりは、共産主義的なものが好きな人のこと。特に、私はソ連軍が好きなんだけどね。」
梨恵は不思議そうな顔をする。
「何でソ連軍? アメリカ軍じゃ駄目なん?」
「アメリカ軍――って。」紅子は鼻で笑う。「ハンバーガー喰いながらジープ乗り回してる連中じゃん。そんなのには何の魅力も感じないな。」
「はあ。」
「けれど分かるかも」と一冴は言った。「ソ連って独特の魅力あるよね。ヨーロッパなのにヨーロッパらしくないところとか、貧乏なのに頑張ってアメリカと張り合ったところとか。」
「そーそれ。やっぱ、豊かな物資で楽々敵を制圧するような軍隊は魅力がないわけ。貧乏なのにみんなで一つのことを成し遂げようとした――そんな魅力がソ連にはあるの。」
梨恵は首をかしげる。
「うーん。分かるような――分からんような。」
「そういう上原さんは――ミリオタ?」
何と答えるべきか一冴は少し迷った。
「あー、私は、どちらかというとニワカかな。歴史が好きで色々とかじった感じ――戦車とか戦鬪機とか。」
「どこの国が好きなの?」
「戦車なら
「めっちゃ分かるー! 大日本帝国のジェット戦鬪機でしょ? メッサーシュミットの設計図を
「そう、そう。輸送船が途中で撃沈されてほとんど情報がないのに完成させたの。」
「マジすごくない? 当時の日本も捨てたもんじゃなかったんだねえ。」
「ほんとすごいよねえ。けど、初めて飛んだのが終戦の一週間前なのが玉にキズ的な?」
「それな! メッサーシュミットMe262を見た米軍は、『何だあれは、速いぞ! 俺たちが止まってるみたいだ』ってったんだって。—―エノラ・ゲイの搭乗員に言わせたかったくない?」
「分かるー。けど、それだったら『震電』も――」
それから、旧日本軍の試作戦鬪機について一冴と紅子はしばらく語り合った。そんな二人を前に、菊花も梨恵もぽかんとする。
一通り語り終えたあと、紅子は満面の笑みとなる。
「いやあ――それにしても、ほんと感動! こういう話ができる女の子っていないから!」
思わずひやりとした。
「う――うん。そうだね。」
「私なんか随分と変わり者あつかいされたよ。大人の中には、ソ連が何したか知ってるかって怒る人もいたし――。だから、上原さんと会えてよかった!」
「私も会えてよかった。」
心の中で一冴は首をかしげる。
――変わり者「あつかい」?
とりあえず、それは置いておくこととした。
「それで――実は、筆坂さんに相談したいことがあるんだけど――」
それから、文藝部での活動や、書こうとしている作品について説明する。ただし、「百合」であるとは言いづらかったので、「女の子同士の友情」と言った。
「それで――イメージが全く湧かなくって。何か――そういうインスパイアの湧きそうな話とかってないかな?」
「うーん。」紅子は考え込む。「祖国大戦争末期の
「スベ――?」
「スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ。」
紅子は再び考え込む。
「あとは――『レーニングラード』っていう映画が、上原さんの作ろうとしてるものに近い感じ。私のパソコンにダウンロードしてあるけど、観てみる?」
「うん。――観てみたい!」
「よかった。」
言ったあと、紅子は気まずそうな顔となる。
「ただ――観るんだったら、上原さんの部屋でいい? その――うちの部屋には骨壺があるからさ。ばたばた人が死ぬ映画を骨壺のある部屋で観るってのも、気分がよくないっていうか。」
「あー、なるほど。」
梨恵が口をはさんだ。
「だったら、鑑賞会開かあや。いちごちゃんとうちは同じ部屋だし。どうせだったら、みんなで一緒に観た方がええが? その映画、うちも興味あるし。」
一冴はうなづく。
「それもそうだね。」
菊花にも梨恵は声をかける。
「菊花ちゃんは?」
「あ――うん。――私も。」
紅子が何かに気づく。
「けれど、それだったら、土日の方がよくない? その映画、二時間もあるし。風呂や夕食の時間で中断するのも
白山女子寮は、十八時が門限、十九時に夕食、二十一時に風呂、二十二時に消灯である。確かに、二時間もまたぐ時間はない。
そうだね――と梨恵は言う。
「じゃあ――明日なんかはどうかな?」
その言葉に、三人とも異論はなかった。
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