第六話 初登校

月曜日の朝も、梨恵より少し早めに起きた。


顔を洗い、セーラー服に袖を通す。


不思議な感じがした。今までの制服に――大きな衿はなかった。深緑のスカートもそうだ。履くというより、腰で留めているだけのように感じる。


梨恵の着替えを見ないよう、少し早めに部屋を出た。


廊下の途中で、背後から声をかけられる。


「おはよ、いちごちゃん。」


振り返ると、自分と同じ制服を着た菊花がいた。


「うん、おはよ。」


食堂に這入ると、寮生たちが既にたむろしていた。誰もが同じ服を着ている。


高校生になったのだ――性別を入れ替えて。本来は男子高生になるはずが、女子高生になった。


やがて食堂に梨恵が現れる。


朝食を摂り終え、三人で登校した。


鎮守のもりに桜は充ちている。朝陽あさひに照らされ、幹を彩る花は白い。


やがて校舎が現れた。


正面玄関の前の広場には、十メートルほどの高さの麦彦の銅像が建っている。だいだい色に全身は輝き、右腕は高く掲げられていた。


「菊花ちゃんのお祖父さんって、凄い人だねえ。」


とぼけてそう言うと、恥ずかしそうに菊花は顔を逸らした。


玄関にはクラス割が貼られていた。


四つの季語がクラスには当てられている――桜組、蛍組、月組、雪組。そんな桜組の欄の中に「上原いちご」の名を見つけた。


「私、桜組だ。」


菊花と梨恵も同時に声を上げる。


「私もだ。」


「うちも。」


「よかった――三人は同じクラスで。」


本当によかった――と思う。一冴と菊花の部屋を別々にした麦彦のことだ。クラスでさえ別々にして一冴をさらに困らせる可能性も考えられた。


昇降口で下足に替え、桜組の教室へ向かう。


女子生徒しかない校舎を一冴は初めて見た。


桜組の教室へ這入り、げっと思う。


教室の真ん中あたりに、桃色の髪の少女が坐っていたからだ。髪は、姑娘クーニャンのような二つのお団子シニヨンである。


忘れもしない――早川はやかわももだ。一冴と同じ中学校であり、中学二年生の頃はクラスメイトだった。桃色の髪は染めたものだ。当然、教師からは注意されていたのだが、「するめ冷却中」と言って本人は聞く耳を持たなかった。


――けど、こいつ、頭よかったっけ?


遠巻きに桃を眺めつつ、出席番号に基づいて席へ着く。


一方で菊花は、席に鞄を置くとすぐに桃へと近づいた。


「早川さんも同じクラスだったんだ!」


桃はきょとんとする。


「奇遇だねえ! 合格してるとは思わなかったけど。」


興味を持ったのか、梨恵も桃に近づいてゆく。


「え、この子も菊花ちゃんのお友達なの?」


「うん。同じ中学だよ。二年と三年の時はクラスも同じ。」


しかし、桃は鈍い顔をしている。


「誰だっけ――あんた?」


菊花は困惑する。


「あれ? 覚えてないかな? あの、修学旅行のときも部屋が一緒だったんだけど。」


「タクラマカン沙漠。」


恐る恐る一冴も桃に近づく。菊花と友達という設定で、梨恵も興味を持っているのに、自分だけ興味を持っていないのは不自然な気がしたのだ。


「菊花ちゃんと同じ学校の人?」


何も知らないふりをして、一冴は問いかける。うん――と菊花はうなづいたものの、あんただって知ってるでしょと目では訴えていた。


菊花は桃へ向き直る。


「えっと、覚えてないってこと? 私、影は薄くなかったはずなんだけど。」


「醤油大さじ二杯。」


何と答えたらいいか分からないような顔を菊花はした。


「そんなんでよくこの学校に入れたね?」


「だって、私、勉強はできるから。」


「本当に?」


「おでん冷蔵庫。」


疑わしそうな視線を菊花は向ける。


「じゃあ、問題出していい?」


「どーぞどーぞ。」


「そうね――」


少し考えた後、菊花は問うた。


「五リットルの水が入ったバケツと、三リットルの水が入ったバケツがあります。十リットルの水が入るバケツへ水を移すと、バケツの数はいくつでしょう?」


「引っかけ問題だね? 八リットル。」


一冴は安心する。これだけバカならば、自分が上原一冴だと気づかれる心配はなさそうだ。

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