第七話 本物と偽物

翌日――火曜日の昼休みのことである。


参考になりそうな資料を図書室で一冴は探した。


何冊か本を借り、教室へ戻ろうとする。


渡り廊下へ差しかかったとき、想い人の姿を中庭に見つけた。


木陰のベンチに坐って蘭は本を読んでいる。蒼い芝生と樹々の中、時が止まったように動かない。足元には、ひとしずくの木漏れ日が落ちていた。


その姿に一冴はみとれる。


少しのあいだ眺めたかった。


ひとけのない実習棟のほうへ移動する。


木陰に身を隠し、蘭の姿をそっとうかがう。


視線の先には、蘭を中心とした一つの絵があるかのようだった。


同時に、劣等感を抱く。


髪を伸ばし、スカートを履いても、自分はがい物の少女でしかない。


――お前は女の出来損ないだ。


心の底から、そんな声が聞こえてくる。


――貴女が好きです。


三年に亘って秘めてきたこの想いを伝えたい。だが、仮に告白が上手くいったとしても、その後はどうなるのだろう。性別を偽って、つきあったり、キスしたりするのか。


――それでバレないというのか。


唐突に尻を触られたのはそのときである。


「やっぱり男は小さな尻をしとるのう。」


「ひっ。」


振り向くと、麦彦が立っていた。


麦彦の隣には、黒づくめの青年も控えている。喪服のような背広、サングラス――秘書の山吹だ。


「これこれ、騒ぐでない。鈴宮蘭にバレてしまうぞい。」


言って、麦彦は再び一冴の尻を触る。


「うーん、小さいが、丸くて形のいい尻じゃ。」


「や――やめてくださいよ。」


「うん? バレてもええのかのう? ホモビデオのタイトルはもう決まっておるぞ? 『ウェディングドレスに憧れていた僕~二十人の汁男に連続中出し天国~』じゃ。」


そう言われれば反論はしづらい。


とりあえず、尻にまとわりつく不快な感触はそのままにしておいた。


一冴は目をそむける。


「な――何でこんな処にいるんですか?」


「いやあ、まあ、どうしておるかのうと思ってな。――どうじゃ、女子校でのオカマ生活は? 昨年の夏季誌は愉しんでもらえたかの?」


言われて、愕然とした。


「あれ、置いたの貴方だったんですか?」


「おう。更衣室の猿股もな。」


もはや何も言えなくなった。


「上原さん」と山吹は言う。「御前ごぜんに対して『貴方』は失礼かと存じます。ここでは理事長先生とお呼び下さい。」


一冴は黙りこんだ。


麦彦は尻から手を離す。


「ま、精々が頑張ることじゃの。お前の学園生活が愉快なものになるよう、儂も色々と考えておるのでな。愉しみにしておくがよかろう。」


言って、麦彦は立ち去ってゆく。


山吹は、慇懃に一礼してからそれに続いた。

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