第六話 何のために入部したの?

放課後――文藝部室で一冴はプロットを考えていた。


テーブルに着き、頭を悩ませる。


菊花は既に作り終えたようだ。プロットを一枚の原稿用紙にまとめ終え、早月から指導を受けている。


一冴は全く進んでいなかった。


千九百四十五年――ソヴィエト連邦の攻撃を受ける伯林ベルリン。戦火と欠乏の中、二人の少女が出会う。そして、惹かれつつもすれ違ってゆく。


だが、なぜ二人は出会うのか。なぜ惹かれ合い、すれ違うのか。それが戦争とどう絡んでゆくのか――全くイメージが湧かない。


加えて、当時の伯林ベルリンの様子も分からない。


その時代の資料を図書室で探したが、見つからなかった。ネットで検索をかけても、イメージは膨らまない。我ながら、舞台を第二次世界大戦末期の伯林ベルリンにする意味も分からなくなってくる。


参考になるかと思い、蘭が書いたものを読み返し始めた。


そして、違いを思い知らされる。


――この想ひが琴子を傷つけることなどリヽアンには分かつてゐました。


――何しろ、琴子の全てを受け入れるといふことは、琴子が自分を愛することができないことも受け入れることなのです。


登場する少女たちの繊細な感情――年頃の少女が何を考え、何を感じるのかというリアル。お互いの立場の違いにより生まれるすれ違い。読んでいて愛おしく感じられる文章。何もかも――。


――何もかも自分にはない。


できれば――こういうものを書きたい。


しかし、届きそうになかった。


女性として女性を愛する人の物語など、自分に書けるはずがないのではないか。


一冴は頭を抱えた。


「うーん。」


早月は心配そうな声を上げる。


「大丈夫なん、いちごちゃん?」


「いえ――やっぱり、上手く思いつけなくて――」


「そりゃ、机の上で悩んでばかりでも駄目だよ。もっと、自分が愉しくなるものに触れなきゃ――。そうでなきゃ、自分が何を表現したいのか、どういったものが好きなのかも分かんなくなってくる。」


「――ええ。」


「とりあえず、いちごちゃんが表現したいものって何なの?」


一冴は黙りこむ。


そして、部誌へと目を落とした。


「蘭先輩が書いたような――繊細で優しい話を書きたいです。けれども、蘭先輩にあるような発想が自分にはないっていうか。こんなふうな感性がないっていうか。そう考えると、落ち込んできます。」


「蘭の文章力は別格だよ。」早月は苦笑する。「他人と比べて自分が劣ってるって考えても仕方ない。」


「そう――ですか?」


「うん。他人の良さが自分になくとも、自分の良さを出せばいいんだよ。とりあえず、いちごちゃんの好きなものは何なのかな? 書きたいものがあって入部したんじゃないの?」


一冴は詰まる。


蘭と同じものを書きたい。


だが、自分と蘭とでは感性が違う。自分が好きなものは妙にオタクっぽかったり、男っぽかったりする。浮かんでくるイメージも瓦礫の街ばかりだ。そこに戦火が散る。戦車が這う。だが――これでは、書きたいものとかけ離れている。何より、女子らしくない。


「何もない――っていうか。」


「――何もない?」


そして、失言に気づく。


「え――ええ。」


落ち込んで顔を落とす。考えれば考えるほど暗くなる。


自分が語ることができるものを、教室にいる少女たちは何も知らないに違いない――戦闘機の武装も、戦車の種類も、機関銃の名前も。それは、自分が男であることの――蘭が好きになる性別とは違うことの証ではないのか。


「いちごちゃん、何のために入部したの?」


その一言は、胸に深く刺さった。


――それは。


蘭に近づきたかったからだ。蘭と親しくなりたい。いや、蘭と同じようになりたいとさえ思っている。それなのに――外見は蘭と同じ性でも、あらゆる面で違う事実に突き当たる。


黙り込んだ一冴を前にして、早月は少し慌てた。


「あ――まあ、答え辛いなら別にいいよ。」


「――ええ。」


しかし、このままでは、放課後に紅茶を飲むために部室へ来ているのと変わりない。


「何ていうか――物語の舞台のこともよく分からないっていうか――」


「誰か、詳しそうな人はいないの?」


――詳しそうな人。


ふっと、紅い星の髪かざりが頭にちらついた。


「心当たりは――ないことはないですけど。」


「そう。」


そして早月はほほえみかけた。


「とりあえず、最初は誰でも悩むもんだよ。夏季誌に間に合わなくとも、秋季誌に載せるっていう方法もあるからね。焦らないで。焦ったら――創作も愉しくなくなるから。」


はい――と言い、一冴はうつむいた。

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