第十三話 プロット作り

その日以来、プロットのために一冴は悩むこととなった。


一応は百合を書くとは言った――しかし何のイメージも湧いてこない。


蘭に近づこうと思って文藝部に入ったのに、思わぬ難関にぶち当たった。しかも、半年間も何も書かなければ文藝部を追放されるのだ。


木曜の夜も、プロットについて考え続けていた。


やがて入浴の時間となる。


浴室で体を洗い、温かい湯船に浸かった。一日の疲れが、じわじわと全身から取れてゆく。


好きなものを書け――と早月は言った。


――自分が好きなもの。


真っ先に思い浮かぶのは、濃厚な戦いの歴史を持つ戦闘機や戦車だ。プラモデルを作っていたとき、その機関部や武装は様々な情景を浮かばせた。結果、随分と知識を蓄えることとなる。これならば、様々なことを語ることができるのだ。


では、それらと百合を合わせたらどうなるのか。


――女の子が戦鬪機に乗って戦うとか?


似たようなアニメはもうあったような気がする。


同年代の少女たちと同じようなものを作るべきなのだ。しかし、百合を書くと言ってしまった。その時点で既に一般的な女子らしくないのではないか。


では何を書けばいいのか――自分が好きなもので、詳しいもので。


そもそも、少女が戦争をする話は押しなべて作者が男だ。


――女の子が戦争に出るわけない。


戦争と百合が合うはずもない――戦争で犠牲になるのは女性や子供なのに。


そこまで考え、ふと気づいた。


――悪くない。


戦争で犠牲になる少女の話なら、あまり男らしくないはずだ。


頭の中に光景が浮かぶ。


敵国の侵攻を受けた廃墟の街が拡がっている。恐らく第二次世界大戦ごろか。場所は欧州だ。燃え残る戦火と雪。絶望の底で、途切れそうな友情を結ぶ二人の少女がいる。


――これだ。


これならば、男の臭いを遠ざけつつ、自分が詳しいものを書けるのではないか。


他の寮生との交代の時間が近づいて来たので、湯船から上がる。


そして、鏡に映る自分の身体が目に入った。平たい胸。股間についた物。そんな中、顔だけが女に見える。


男の臭いどころか――自分は男なのだ。


風呂から上がり、着替え、髪を乾かす。


やがて就寝時間となった。


一冴も梨恵も眠りにつく。同じ部屋で少女と寝ているという点では、幼い頃に戻ったかのようだ。同居人も、自分のことは女だと思っている。



夜が明けた。



今日は朝食当番だ。


朝食当番は、他の寮生より一時間早く起きなければならない。


スマートフォンの振動で一冴は目を覚ます。部屋はまだ暗い。眠かったが、当番のことを思い出して起き上がる。人工乳房の位置を直し、顔を洗い、制服に着替えた。


窓の外が白くなってきた頃、梨恵のスマートフォンがアラームを鳴らした。


梨恵は手を伸ばし、アラームを止め、画面へ目をやる。


「なんだまだ五時だが。」


布団をかぶり、再び寝始めた。


梨恵に近づき、耳元で声をかける。


「駄目でしょ、梨恵ちゃん! 朝食当番!」


「うあ? ああ――ああ。」


ようやく気づいたらしく、梨恵は起き上がる。


「おはよ、いちごちゃん。」


「うん、おはよう。」


「てか、いつも早いな? 何でそんな早ぁ起きとるう?」


「り――梨恵ちゃんが遅いだけだよ。」


「あ、そう。」


ベッドから降り、梨恵は準備を始める。


それから、一〇五号室から一〇八号室までの生徒たちが厨房に集まった。朝美の指示に従い、エプロンと三角巾をつけ、朝食を作る。


一冴と梨恵は鮭を焼く当番を命じられた。


その隣では、菊花と紅子が卵焼きを焼いている。


ジュージューという音と共に、鮭や卵が香ばしい匂いを立てる。


鼻歌が聞こえてきたのはそのときだ。


振り返った。


卵焼きを作りながら、紅子が鼻歌を歌っている。


「ふふふ、ふーふふーん、ふふふふーふふーん、ふふふふーふふーふーふふーん。」


それは一冴にとって聴き覚えのある調べだった。


――マジか?

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