第十二話 入部

男だと判る危険性リスクは、身体検査では全くなかった。何しろ、全て着衣で行われたのだ。聴診器も体操着の上から当てられた――恐らく、思春期の女子への配慮だろう。


ただし、放課後になるまで、菊花は一冴と口を利いてくれなかった。


放課後になり、菊花と共に文藝部室へと一冴は向かう。


焼餅みたいな顔を菊花はしていた。


部室に着いたものの、扉には鍵がかかっている。


少しして、早月が現れた。


「あ、二人とも、先に来てたんだ。――待った?」


「いえ――」一冴は首を横にふる。「いま来たところです。」


「そっか。」


早月は扉の鍵を開けた。


部室へ這入ったあと、二人は入部届を提出する。


これで二人とも部員だねと早月は言った。


「部室の鍵は、職員室に這入ってすぐ左手側にかかってるの。これからは、部室に来る前に職員室へ行ってみて。文藝部の鍵があったら、先生に許可をもらったら持って来られるから。」


はい――と二人はうなづく。


続いて、流し台や茶器について説明される。


その間、他の部員たちが現れ始めた。蘭の姿はまだない。


テーブルに戻る。


早月は紅茶を淹れ、クッキーのかんを開けた。


「それじゃ、正式に入部したわけだから、まずは何を書くか決めてもらおうか。少なくとも、今月中にプロットを作って提出してもらうから。」


――やはりそうなるか。


「とりあえず、部誌は読んでもらえたかな?」


先に応えたのは菊花だ。


「とりあえず、去年の秋季誌を半分までを。」


続いて一冴も応える。


「私は――蘭先輩の『戀に先立つ失戀』を全編通して読みました。あと、早月先輩の『眼球風船破裂寸前』を。」


「おうおう、そりゃどうも! で――どうだった?」


「気ぃ失いかけましたよ。」


事実、『眼球風船破裂寸前』を読んでいる最中、一冴は軽くめまいがしていた。採血のとき、注射器に充ちてゆく自分の血を見たような気分だ。


早月は残念そうな顔となった。


「そっか。これでも抑えたんだけどね――少なくとも伊藤潤二レヴェルには。――『激痛慟哭拷問地獄』の方は日野日出志ひのひでしを軽く超えたけど。」


菊花は首をかしげる。


「けど、プロットなんてどうやって作るんですか?」


「まずは、自分の好きなものを見つけることね。」


「好きなもの?」


「うん。自分が好きなものについては、誰もがよく喋るでしょ? 逆に、嫌いなものを書くのは禁物。世の中には、大嫌いな異世界転生を苦しんで書いて時間を空費した千石杏香って莫迦ばかもいるし。」


「うわあ――そりゃ莫迦ですねえ。」


一冴は眉をひそめる。『激痛慟哭拷問地獄』だの『人面瘡感染症』だの『眼球風船破裂寸前』だのを書いた早月は――何が好きなのだろう。


「とりあえず、二人が好きなジャンルは何なのかな?」


私はミステリーです――と菊花は応える。


「横溝正史とか東野圭吾とか好きですよ。」


「ミステリーか。けど、トリックのプロットって思いつける?」


「日常の謎なら――たぶん思いつけると思います。」


「――いちごちゃんは?」


「わ――私は。」


特定のジャンルに一冴はこだわらない。しいて言えば、ライトノベルをよく読む。だが、好きな作品の名前を口にしかけ、思い留まった――あまり女子らしくなかったからだ。


――できるだけ女の子らしくすべきなんだ。


代わりに、無難な作家の名前を口にする。


「綿矢りささんとか桜庭一樹さんとかが好きですけど。『蹴りたい背中』とか。」


「なるほどね――。ともかく、好きなものを探すんだよ。そこから、書きたいものを見つけてゆくの。」


一冴は考え込む。


自分が好きなものは何だろう。


第二次世界大戦で活躍した戦鬪機や戦車。アニメや漫画。そんなアニメの一部の主題歌、動画サイトで活躍している綺麗な声の歌い手、ボーカロイドに歌わせた様々な国の軍歌――受験勉強の最中は、それらをずっと聴き続けていた。


――男らしいものばかりだ。


書くのであれば、女性らしい小説を書かなければならない。


しかし、何を書けばいいのか。


趣味と言えるものはあまりない。動画巡りか、そうでなければ女装が趣味だったほどだ。


――自分は全く女らしくない。


にやにやと笑いながら菊花は言う。


「いちごちゃんが好きなものっていったら、だいふくねこじゃない?」


「うん――まあ。確かに好きだけど。」


『だいふくねこ』は子供向けの人形アニメだ。それが、老若男女を問わずなぜかブームとなっている。


――周りの女の子、みんな観てるよ?


――あんたも話を合わせるために観た方がいいんじゃない?


菊花からそう言われたため、一冴も観はじめた。最初は軽く見てかかっていたのだが、どういうわけかはまっている自分がいる。


「ただ、あれと同じものを作れるかって言われると――」


これには早月も同意する。


「確かにシュールレアリスムの域だもんね。」


ふっと、一冴は気づく。


自分が好きな者は蘭だ。


そして、蘭の小説を読んでいるとき、異様な胸の高鳴りを感じた。男性の全く入らない恋愛の世界――それと同じものを書きたいという気持ちが湧いてきた。


「――蘭先輩と同じものを書いてみたいです。」


言って、少し後悔する。蘭と同じものと言えば――。


「つまりは――百合?」


「まあ――そういうことです。」


「けれど、何か題材あるの?」


「ないことはないですけれど。」


「へえ。」


そして、ふっと一冴は気にかかった。


「そういえば――蘭先輩、遅いですね。――できれば、『戀に先立つ失戀』の感想を伝えようと思ってたんですが。」


「ああ。蘭は生徒会の仕事があるから、あんま来られないの。火曜日や金曜日によく来るけどね。」


そうですか――と言い、一冴は視線を落とした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る