第四話 蘭と彩芽

同時刻、二◯七号室へ蘭は帰ってきた。


部屋にはルームメイトが先に帰っていた。長い三つ編みの少女――高島たかしま彩芽あやめだ。テーブルの前で正座し、紅茶を飲んでいる。


「お疲れ」と彩芽は言う。「どう? よさそうな子はいた?」


「えゝ。みなさん――可愛らしいですね。」


彩芽の前に蘭は坐る。


「一つ――占っていたゞけますか?」


「そうくると思った。」


彩芽は黒い筒を取り出す。


ふたを開けると、五十本の筮竹ぜいちく――易占いに用いる竹ひご――が現れた。蓋を立て、筮竹を一つ立てる――この一本は、霊感を降ろすアンテナのような役割を果たすと言われる。


彩芽は精神を集中させた。


四十九本の筮竹を両手で二分する。続いて、左手の筮竹を八本ずつ取り除いていった。すると、八本かそれ以下の筮竹が最後に残る。以上の手順を六回繰り返し、手元の紙に卦を書き出した。


☱☳ 沢雷随たくらいずい

☰☳ 天雷无妄てんらいむもう


彩芽は難しい顔となる。


沢雷随たくらいずい天雷无妄てんらいむもうに変わったわ。」


「それで――意味は?」


「大人しくしていなさい――ということ。」


蘭は黙り込む。


「まず、沢雷随――『随』は『大人しく従う』という意味ね。卦辞にはこうある――『ずいおおいにとおる。ただしきに利あり。とがなし』。」


「ふん、ふん。」


爻辞こうじにはこうある――『これとらくくる。すなわち従いてこれをつなぐ。王もっ西山せいざんきょうす』。つまり、民衆からの人望を集めるために、王様は山に籠って神様を祀るということ。」


「神様を――祀るのですか?」


「王様は――ね。王様が神様を祀るのには、民衆を安心させる意味があったの。王様も民心に従うのが『随』。要は、相手が何を望んでいるか考えて静かに行動しなさいと。」


「なるほど。」


ただ――と彩芽は言う。


「天雷无妄――これは、天から雷が落ちてくるイメージかしら。『无妄』は『嘘も迷いもない』ということ。卦辞に曰く、『ただしきに利あり。ただしきにあらざればわざわいあり』。何が正しいか見極めなければ災いがある。」


「ある意味で当たり前のことですよね。」


「その当たり前のことが難しい卦なの。」


彩芽は溜息をつく。


「爻辞に曰く、『无妄にして行けばわざわいあり。利するところなし』。嘘も迷いもないことは往々にして危険だから。まあ、貴女の性格どおりよね。」

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