第三話 白山の初夜
二十一時、入浴の時間となった。
浴室は一階に三つ、二階に五つある。
幸い、脱衣所も浴室も個室だ。
脱衣所で一冴は服を脱ぐ。
ブラジャーのついた平たい胸が露わとなった。中には、シリコン製の人工乳房が入っている。
女装するだけならば変態ではない気がしていた。しかし、ブラジャーをつけると変態のような気がする。だが、女性として胸がないわけにはいかない。加えて、ブラジャーを全く持っていないのは怪しまれる。
人工乳房は大きすぎるとバレかねない。ゆえに、「上原いちご」は貧乳という設定になった。
スカートとショーツを脱ぐ。
ショーツの下には、Tバックのような別の下着をつけている。
これこそ、男性器を下向きに固定する衣具――ペニスストッキングだ。これを装着することにより、ショーツを履こうがスクール水着を着ようが、外側からは「ついていない」ように見える。
事実、中学時代に一冴は見たことがある――体操着を着たクラスメイトの男子が体育坐りをしているとき、太ももの奥で稲荷寿司のような物がはみ出ているのを。しかし、このペニスストッキングさえ装着すれば、そのような事故も防ぐことができる。
無論、股間は窮屈に感じられた。何しろ、陰茎と陰嚢を尻の方へ引っ張っているのだ。性的な衝動があった時は特に困る。
浴室へ這入った。
身体を洗い、髭と
湯船に浸かる。
一日ぶりに、「上原一冴」へと戻ったような気がした。
声でさえも、本来のものは一日中、出せなかったのだ。
蘭の姿を思い出す。
長く秘め続けた心は、一つの言葉として結実していた。
――貴女が好きです。
だが、それさえ言えないまま三年近くが経つ。
中学のときは近づけなかった。同じ寮になったからといって、近づけるとは限らない。
しかも今の自分は「女子」だ。それなのに、蘭は好きになってくれるだろうか。
それとも、「女子だから」好きになるのだろうか。そうなると、男子だと判った後はどうなるのだろう。
――性的指向が分からない。
いきなり告白はできない。まずは蘭と親しくならなくては。
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