第二章 男の娘と百合の園

第一話 伯伯伎梨恵

白山女子寮の歴史は学院と同じほど長い。現在の建物は、平成に入って初代の学寮を復元したものである。一階には十の個室が、二階には十五の個室がある。全て二人部屋だ。


挨拶まわりが終わったあと、事前に届いていた荷物を一冴は片づけた。衣類、化粧品、教科書、鞄、だいふくねこのぬいぐるみ――。中には、髭剃りなど見られてはならない物もある。


部屋の半分には、梨恵の私物が竝べられていた。既に女子の部屋だ。これから一年間、この部屋で梨恵と暮らさなければならないのである。


――バレなければいいが。


何しろ、バレればゲイビデオだ。きっと、ガチムチの男たちに囲われ、犯されるのだろう。両手でピースを作り、恍惚とした顔となっているところを写真に撮られるに違いない。そしてそれが表紙になるのだ。


ただし、それはそれで悪い気がしない。一冴もまた、そっちの気がないでもなかったのだ。


段ボールは朝美のもとへ持ってゆくと処分してくれた。


片づけが終わったころ、梨恵が紅茶を運んで来た。


「おつかれさま。――紅茶、淹れてきたで?」


テーブルに盆を置き、梨恵は坐る。


「生八つ橋、一緒に食べやぁや。」


「いいの?」


「うん。だって、二人で食べた方がええが? ――紅茶に合えばええだけど。」


紅茶を注ぎ、カップをさしだした。


「はい、どうぞ。」


「ありがとう。」


そして、生八つ橋の箱を梨恵は開ける。ミルクと砂糖を紅茶に入れ、八つ橋を手に取った。


一冴も同じ物を手に取り、口に運ぶ。


「いちごちゃんって、京都の出身だっけ?」


うん――と一冴はうなづいた。


「京都の、どのあたり?」


「左京区の北白川だよ。銀閣寺の近く――って言っても分からないか。」


それは親戚の住んでいるあたりだ。


「銀閣寺の近くか。まあ、行ったことないけん、確かに分からんけども。」


逆に質問しようとして、少しためらう。この場合、自分も「ちゃん」づけすべきなのだろうか。


「そういう梨恵ちゃんは?」


言ってみたものの、「ちゃん」のあたりで微かに声が震えた。


だが、梨恵は全く気に留めていない。


「うちは鳥取。場所は――まあ、言っても分からんと思うけど――梨の美味しい処だで。林檎が青森なら、梨は鳥取だな。普通の梨とは違って、シャリってした食感の二十世紀梨ってのが名産なだけ。うちの家も果樹園やっとるだけど。」


「そうなんだ。」


そして、ふっと梨恵は不思議そうな顔をする。


「それにしても、いちごちゃんて訛りないねえ。」


これは想定内の質問だった。


「私、小学校を卒業するまでは東京に住んでたの。京都に住んでたのは中学校の三年だけだよ。だから、方言は全く移らなかったんだね。」


「そっか。都会から都会への転校なんだ。」


「うん。お父さんの仕事の関係で、転校は多めかな。」


すらすらと嘘が出てくることに自分でも驚いていた。「いちご」としての生活を、菊花と何度もシミュレーションした成果である。

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