第十二話 壁ドン
部屋に荷物を置いたあと、一冴は母と別れた。
続いて、寮生に挨拶まわりをする。
二つ隣の部屋――一〇八号室のドアを叩くと、やや長めのお下げの少女――筆坂紅子が現れた。
その前髪のヘアピンに一冴は目が留まる。
――これは。
紅子は怪訝な顔をした。
「あんた誰?」
「あ――あの、私、今日から一〇五号室に住むこととなった、上原いちごです。今、挨拶まわりをしているところです。」
部屋の奥から菊花が顔を出す。
「あ――いちごちゃんだ。」
菊花を前にして、一瞬、一冴は固まった。
「菊花ちゃん――ここの部屋だったんだ。」
紅子は不思議そうな顔をする。
「え――東條さんと知り合いなの?」
「うん。」菊花はうなづく。「親戚だよ。」
「へー。」
紅子は一冴に向きなおった。
「筆坂紅子です。」
「筆坂さん――ですか。」一冴は手元の小箱をさしだす。「あの――これ、おみやげです。つまらない物だけれども、よろしかったら。」
紅子は小箱を受け取った。
「んー、何?」
「京都名物の生八つ橋です。――私、京都の出身なので。」
「おお! そりゃどうもどうも!」
当然、京都出身というのは嘘である。ただし、京都に親戚がおり、何度も上洛したことがあるので、さほど不自然な嘘にはならないだろう。
一冴は菊花へとほほえみかけた。
「あの――菊花ちゃん? ちょっと二人でお話ししたいことがあるんだけど、いい?」
「うん――構わないよ。」
それから一冴は菊花と共に部屋を離れた。
できるだけ人目につかない場所をと思い、洗濯場へ這入る。
周囲に人がいないことを確認すると、ドンと片腕を壁に突いて菊花へ迫った。
「おい、
菊花は視線を逸らす。
「ん? んー? 何のこと?」
「とぼけんなよ。男だってバレないように同じ部屋になるんじゃなかったのかよ?」
「はあ――この白山女学園に男なんか入るわけないでしょ? 女の子が女の子と同じ部屋になって、何がバレるっていうの?」
菊花の口元に浮かんだ薄ら笑いを目にして、一冴は愕然とする。
それは、困惑する一冴を面白がっている顔だった。
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