男装令嬢のあふれた本音
最近のラースは、なんだかちょっと子供っぽい行動が目立つ気がする。手の平に落ちた雪が溶けるのを見て目を丸くしてたり、雪を握って「冷たい!」と叫んでみたり。いつも落ち着いてて、『大人だなぁ』と思ってたから驚いたけれど――うん。コレはコレで可愛いと思います。
「それにしても、『森の主』を交代するときって、入れ替わりが発生するはずなんだけどなぁ……」
ラースの知識によると、森で拾った女の子と『森の主』が結ばれると、女の子を捨てた男の人に『呪い』が移行するらしい。『呪い』の移行と同時にすこーし時間が巻き戻って、女の子と出会うあたりから人生のやり直しが出来る。
コレは彼自身の経験談で、ラースが『呪い』を受けることになったときには先代『森の主』が呪いの森に来てから体験したことを追体験させられたそうで――明言はしなかったけど、ラースの奥さん(婚約者じゃない)と先代の恋模様なんかも見せられたっぽい雰囲気で……『呪い』を仕掛けた人の性格の悪さにゾッとした。
「……ラースはアレクセイになりたかった?」
「いや。ただ、俺のときみたいに交換されるもんだと思ってたから――」
ムギュッと私を胸に抱き込んで、頭の上にスリスリ。愛情表現はちょっと幼いけど、ソレが可愛い。でもでも、この行動を
「んじゃ、アレクセイととっかえっこしたのは『私のとなり』だね」
私が言うと、ラースの機嫌の良い笑い声が頭の上から降ってくる。
「なるほど、いちばん重要な部分だ」
そうそう。私にとっても、重要です。
そうでなくとも、行動や言動を『ご令嬢モード』から大分崩してる。この状態でご令嬢に戻るのは厳しすぎ。アレクセイとラースの立場まで入れ替わる――なんてことになったら、とっても悲惨!
「……俺も現代の貴族になりたくないから――ホッとした。メルだけじゃないよ、貴族に戻るかもしれない可能性に腰が引けるのは」
――バレバレでした。
どうやらラースが呪われる前の時代は、今よりもマナーが緩かったみたい。言葉遣いも現代ほど回りくどくないのが普通だったそう。ただし、女性の立場は今よりも更に低かったっぽい。現代でも女性に婚姻相手を選ぶ自由はないけれど、ソレ以外のこと――例えば、勉学に励むことは認められている、ある程度の発言権はあったもの。
ラースの時代にはなかったそうなので、私としては現代に生まれてよかったなぁ。
「それに、こうして好きなだけメルを抱きしめられるのも、庶民の特権」
「ぐえっ」
ついさっきまで雪を触ってニヨニヨしてたラースに正面から急に抱きしめられて、変な声が出た。「大丈夫?」と訊ねつつも離す気はない彼が、体を真っ直ぐにすると、私の足が宙に浮く。
「『好きだ』って、『愛してる』って人目をはばからずに言えるのも庶民の特権」
そのまま、雪の積もった裏庭でクルクルリ。
「愛してるよ、メル」
「そんな特権があるなんて聞いたことないけど……」
幸せが溶け出したみたいにあまいあまーいラースの声に目を細めて、彼の首の後に両手を回してギュッと抱きつく。
「私も、おんなじ気持ち」
「おんなじって?」
「おんなじです」
「ちゃんと聞きたい」
――うひぃいい……!
耳元で甘えた声でおねだりされて、なんだかもう、腰が砕けそう。なんせラースは、彼自身が最初に言ってたとおり私の好みに
陥落しないわけがない。
「好き……」
「俺も、好き」
チュッと耳元でリップ音。
――ほっぺが熱い。耳まで熱い。
「ラースのことが、大好き」
「俺も、メルのこと、大好き」
頬にチクチク、伸びかけたお髭の感触。それからまたリップ音がして、足が地面にくっついた。
「『愛してる』は言ってくれないの? メル?」
続いてされたのは、おでこを合わせて上目遣いになっての『愛してる』の恐喝。
『好き』も『大好き』は、まだ言いやすい。きっと、家族や侍女たち、それから親しい友人にも言っていたからじゃないかと思う。
でもね、でも。
『愛してる』は、ハードルが高くてなかなか言えない。
だって、日常で使う言葉じゃないじゃないんだもの。
瞳を合わせると、ラースの目の中に色んな感情が浮かんでは消えていくのが見える気がする。期待して待ってるのに、なかなか応えない私に戸惑い、やっぱりダメかとしょんぼりぼり。そんな感情の移り変わりに、胸の奥が痛くなるのに――
「私……『愛』ってなんなのか、よくわからないよ。ラース」
自分の気持ちが上手く言語化出来なくて、悔しい。
ラースのことが、好きで好きで大好きだ。
ずっと、一緒に居たいと思うし、ニコニコ笑っていてほしい。
「でも、これって『愛』なのかな……?」
一生懸命に言葉を探してまくしたて、彼に問う。
「自信がないよ。私の気持ちは、ラースが向けてくれているものと同じなのかな。でもね、すごく、すごく、大好きなの。……それじゃあ、ダメ?」
ラースの瞳の夏の空色が、歪んで見えなくなった。なんだか喉の奥がヒリついて、ソレをごまかすために唇を強く噛む。
「だめじゃないよ。ちゃんと分かってる。でも……メルの口からその言葉が聞きたかった。俺のわがままのせいで泣かせて、ごめん」
ムギュッと胸に抱き込まれて頭を優しく撫でられているうちに、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
彼に抱きしめられると、嬉しくて、幸せ。どうして、ふんわりと心が暖かくなるんだろう。それにこれは、ふわふわと足元がおぼつかない、不思議な感じだ。
それなのに私は、ラースのことを困らせてしまう。
どうして?
困らせたいだなんて、思ってもいないのに。悲しい気持ちにだってさせるのも、ありえない。ラースには、いつも楽しそうに笑っててほしいのに。
「困らせて、ごめんなさい」
そう言いながら顔を上げると、彼は、困ったような嬉しいような、それでいて照れくさそうな雰囲気の、なんとも微妙な表情で半笑い。
「メル……心の声がだだ漏れ」
「ええ!?」
「うん……『愛してる』って言ってくれなくても、伝わった。メルが、素直で隠し事が出来ないかわいこちゃんで、俺は、メチャクチャ幸せ。嬉しい、愛しい。あー……早く、人間になりたい……」
改めてムギュッと抱きしめられて、頭の天辺に頬ずりされる。コレはコレで嬉しいけれど……なんというか、コレってもしや、キスしてくれてもいいシーンでは?
「……していいなら、喜んでしちゃうけど?」
「っ!?」
――また、口から出てた!!
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