森の主の幸せタイム

 やっと、彼女が目の前から消えてしまうことはなさそうだと納得してきたのは、メルが、呪いの解き方に行き着いて数日経ってからのことだった。この数日の間に、すっかり二人の定位置になった暖炉の前の長椅子で、彼女の肩に手を回しながらぼんやりと思い返す。


 最初のうちは、『今、消えてしまうんじゃないだろうか』『いや、次の瞬間にはいないかも』と不安で仕方なくて、ずっと手を握っていた。さすがにトイレの中まではついて行きはしなかったけれど、扉が見える場所でソワソワ待ったり――なんというか、自分の行動があまりにもひどすぎて、穴を掘って入りたい。

そんなことを謝罪をまじえてこぼすと、メルはちょっぴり困ったように笑った。



「まあ……お花摘みに一緒に来られたり、近くにいられるのは落ち着かないといえば落ち着かないけど――今までのことを考えると、仕方ないよね」


「『仕方ないよね』で流せるメルは、心が広すぎる」



 だって、俺。自分がやられたら、きっと嫌だと思うし。



「えー? だって……どこに行くにもくっついてくるラースをみてたら、まんざらでもないと言うか……可愛いなぁって思っちゃったんだもの」



 なのにメルは、ふんわりと頬を染めて幸せそうに微笑みながらこんなことを言う。言ってから恥ずかしくなったのか、両手でほっぺを挟んで隠して、チラッと上目遣いでコッチを見るのはちょっとあざとい。そして可愛い。


――メルって、こんなに可愛かったっけ。


 なんとなく、今まで感じてたのと違う『可愛い』のような気がする。ソレが嫌なんじゃないけれど、落ち着かなくてモゾモゾ? する感じ。


――でも、俺がやってたようなことを好きな子メルがやってたら?



「――あれ……? 案外、悪くない……かも」



 メルに置き換えてみたら、途端にウズウズソワソワと落ち着かない。なんというか……こう――



「とっつかまえて、キスしたくなる……かなぁ」


「ふぇ!?」



 口からこぼれた言葉に反応して、メルの顔が熟れたリンゴみたいに真っ赤になる。赤くなった頬はガードされてしまっているから諦めて、代わりに頭の天辺に口づけ、胸に満ちてく幸せな気持ちに浸りたくて目を閉じた。



「メルって案外、身体的な接触はガードが固かったのになぁ……」



 元々メルは人との距離感がおかしかったけど、今は更にゆるっゆる。前は物理的に触れたくても理由を納得した上じゃないとダメだったけれど、今は触り放題だ。



「そりゃまあ、他人に理由もなく触れさせるのは身持ちが悪い証拠だもの」


「そういうとこは普通にご令嬢で、ビックリ」


「失礼な。ちゃんと、そう教育されたんだもの、普通にご令嬢なのは当然じゃない」


「プンプンほっぺを膨らまして、口を尖らせるのも『ご令嬢』?」



 ツンと尖らせた唇をつついてからかうと、「いじわるっ」と指先を軽く噛まれる。



「あいたっ」


「ごめ、そんなに思い切り噛んだつもりはなかったんだけど……」



 ずいぶんと長いこと存在しなかった感覚に、大げさな声を上げてメルに心配させてしまったけれど――今までは手袋越しに感じていたものがダイレクトに伝わってきて、そのことに驚いただけ。

謝罪しつつ説明すると、彼女はホッとしたようすで頬を緩めた。



「そっか。やっぱり、ラースの体が精神体から生身に変わっているんだね」



 俺の胸に頭をもたせかけて、メルが呟く。

彼女によると、『呪い』による好意の強制について話した直後から、俺の体に変化が起きてるらしい。



「ラースの体、昨日よりも温かいし胸の音も早くなってきてるもの」



 言われてみると、それまでは声を出すために必要だから吸い込むことはあったけど、呼吸なんて必要なかった。なのに、今は普通に呼吸をしてる。

無いはずなのに痛む気がした心臓も、胸に手を当て耳を澄ますと動く音が聞こえるような……?

体温も――外に積もった雪を握ると、ゆっくりとだけど溶けていく。触れただけで雪が溶けるだなんて、なんだか、とても新鮮。



「生身の体はいいけど、魔法が使えなくなってるのは困りもんだな」



 魔力を失ったわけじゃないけれど操ることが出来ない、といえばいいのだろうか。そんな状態になっている上に、冬も終わらぬこの季節では、呪いの森から歩いて出ることもかなわない。



「魔力が使えれば『転移』で出れるのに――」


「私としては、ここでの生活が続いても文句はないけど……」



 暖炉の端で作った煮込みを頬張りつつ、メルが幸せそうに頬を緩める。



「ラースが経験したアレコレを考えると、一刻も早くここから出たいよね」


「うん」


「出られるようになったら、行きたいとこってあるの?」


「そうだなぁ……確か、真西に出ると大きな川があって――」



 メルと二人で作った食事をつつきつつ、のんびりと今後の予定を話し合う。そんな時間が、今はとっても幸せだ。

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