男装令嬢の『したい』こと

 私が泣きながら謝りはじめたあと、ラースは慌てふためいて。

優しく声をかけたり、あまいお茶を淹れてくれたりと、私を泣き止ませようと必死になった。結局、涙が止まったのは、彼が隣りに座って抱きしめてくれたから。

彼の体は、柔らかくもなければ硬くもなくて、暖かくもなければ冷たくもない。髪の手入れを手伝ってくれたり、何かを教えてくれるときに手に触れたこともあるからその事は知っていた。はじめは違和感を感じた感触だけれど、今では馴染んだ代物で――でも、抱きしめられた状態でしばらく経ったときに『トクン』と音がして。そのことにひどく安心する。

私の鼓動よりもずっとずっとゆっくりだけど、たしかに聞こえてくるその音が『一緒だよ』って言ってくれてるような気がしたのかも。

なんとかかんとかお話ができる程度に落ち着いてきたところで、はたと気づく。


――これって、未婚の男女の距離感じゃないのでは。


 そう思い当たると、途端に体中がカーっと熱くなる。



「落ち着いた?」



 静かな声とともに、背中をさすっていた手が頭をひと撫でしてから離れていく。もっと撫でていて欲しかったという浅ましい願望が「あ……」という声になって漏れてしまって、赤面しつつ口元を押さえて俯いた。



「はい、コレ。温め直したから、気をつけて飲んで」


「ありがと……」



 さっき淹れてくれていたお茶を温め直してくれた彼にお礼を言ってから、湯気の立つカップを両手で包み込むと、少し、体の力が抜けたみたい。でも、精神状態は最悪だ。『やっぱり、聞かなければよかった』だの、自分の気持ちを口から垂れ流してしまったことに落ち込んでしまう。カップの中の液体を少し無理やり飲み込み、暖炉で揺れる火を眺めているうちに、少しずつ気持ちが落ち着いてくる。



「――あのさ、メル」



 ずっとタイミングを見計らっていたんだろう。カップの中身が半分になり、ぬるくなってきた頃になってやっと、ラースが口を開く。



「ひゃいっ……!」


「……っ」



 とっさに出た返事を噛んでしまって赤面すると、彼は目を丸くした後で吹き出した。私、涙目。



「わ、笑わなくてもいいと思います……っ」


「ゴメン――その、色々と釈明させてもらいたいんだけど……いいかな」


「釈明……私の誤解を解きたいってこと?」


「うん、そう。ソレを聞いた上で、それでも俺のことを好きだと言ってもらえるなら――最高に嬉しいんだけど……」



 小さく吐息をついて「難しいかな」と彼は呟いてから、話しはじめる。



「まずは、メルに『心にもないこと』を言ったと思わせたことを謝らせてほしい」



 長椅子の反対の端に腰掛けて肘を膝にのせ、組み合わせた指の上に顎をおいた姿勢で話し始めた彼の視線は暖炉の方に据えられたまま。私の方は見ようともしない。なんだかそれが、彼に拒絶されている証のように感じて、私は床に視線を落とす。



「――メルが、知らない誰かに口説かれるのを想像して……気がついたら、告白じみたことをしてた。本当にごめん。メルに対する気持ちが本当に自分のものなのか、判別することが出来ない俺がやって良い行動じゃなかった」



 けれど、話を聞いていくうちに私の反応を見るのが怖いじゃらじゃないかと思えてきた。



「……自分の気持ちが分からないなんて、割とあることでは?」



 実際、私もラースのことが好きなんだって気づいたのは最近のことだ。一緒に居られないことが分かりきっている相手に不毛だからと、自分の気持ちを見ないふりをしていたというのが原因の半分以上を占めてはいるけど、そんなの色恋沙汰に限らずきっとよくあることだろう……と思いたい。



「多分、メルが想定したのとはちょっと違って――」



 ラースは何かを言いかけて、それから弾かれたかのように椅子から立ち上がって、ドタバタと部屋から飛び出していく。


――真面目な話をしてたよね!?


 突然の行動に呆然としている間に、大荷物を抱えて戻ってきた。手にした毛皮の内張り付きのポンチョを私の頭から被せてから、背嚢の中に持ってきたものを詰め込んでいく彼の表情は真剣そのもの。


――お鍋にフライパン、剣に包丁……毛布まで??


 たいして大きくもない背嚢に全部しまい込まれたところをみると、刻印具用に作ってくれたポーチと同じマジックバッグなんだろう。



「一応、念の為……な」



 荷物を詰めた背嚢を膝の上にのせられて、ようやく私はラースが話しかけた内容が『呪い』関連の重要な部分らしいことに思い当たる。パッと顔を上げると、苦しそうで悲しそうな表情で笑う彼と目が合った。



「話したくないことなら――」


「聞いて」



 そんなふうに言い切られたら、反論できない。私は口を閉じて彼の話に耳を傾けることにした。



「俺にかけられてる呪いについて、いくつか話はしたけど――その中に、『呪いの森に捨てられた女の子』に恋い慕うようになるってものがある……らしい」



 ラースの前に呪いを受けていた人の日記の内容と、自身の経験から多分そういうものがあるんだろうと彼は言って、長椅子の反対端いつもの定位置にもどって口を歪める。続けて口にされた内容から、結構早い段階で私に対する好意というか恋心と言うか……そんな感じの感情を抱いていたと聞かされて、嬉しいやら恥ずかしいやらで、抱えさせられた背嚢に顔を埋める羽目になった。


――でも、ほんとに?


 最初は『可愛いな』から始まって、徐々に好意を深めていったと言うものだから、呪いのせいだと言われてもいまいちピンとこない。なんというか……



「私も『好きだ』って認識するの、そんな感じだったと思う。だから、呪いは関係ないんじゃないかな?」


「でも、どんなに性格が悪い子でも、容姿の好みから外れていても、必ず好きになる。コレって、異常だよ」


「なるほど……ソレは変かも」



 「うーん」とうなりつつ悩んで、ふと、思う。



「私の顔とか性格って、ラース的にはお好み?」


「ええ? 言った通りの事情もあって、今、好きなのはメルだし――」


「ふむふむ、ソレで?」


「顔は……まあ、キレイだと思った。それに、はじめて言葉を交わしたときも、まあ……可愛いなぁと……」



――はじめて言葉を交わしたとき……?


 なんか、『可愛い』という印象を与えるようなモノがあっただろうかと首を傾げる。結局、しばらく悩んでも思い出せなかったけど……赤く染まった彼の頬とその時のことを反芻して目元を緩ませる様子から、なんらかのツボにはまったんだなと理解した。多分、本人にしか分からないやつだ。



「んじゃ、確認したいことがあるのでソレに答えてね、ラース」


「え、あ。ああ、分かった」


「後ね、万が一の場合でもラースと離れたくないから、手を握っててくれる?」



 戸惑うラースの手を強引に握って、目を細める。



「ホントはね、ご令嬢としてはよくない行動なんだと思う。けどねぇ、私、ご令嬢には戻らないし、どのみち戻りたくても戻れないから。したいようにしようと思います。今はね、ラースと手をつなぎたい」



――ラースの不安が、少しでも晴れるように。

――私の『好き』が、ラースにもっともっと伝わるように。


 ソレが今、私がしたいこと。

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