男装令嬢の悩み事

 自分がラースに恋してるんだと理解して、はや半月。

特に、なんの変化もないことにため息が止まらない。

なんせ、私。『恋愛ごと』には興味がなかったのだ。


 だって、ねぇ……

基本的に貴族令嬢の結婚なんて、男性側からの希望ゴリ押しか家の意向で結ばれるもの。女性側の気持ちは関係ない状態で決まるから、恋愛結婚なんて、まず最初からありえないものだ思った方がいい。まあ――まるで無いわけでもないんだけど、現実的な話じゃないと思ってたんだもの。

私自身の婚約だって、元婚約者アレクセイのゴリ押しで決まったし。

 なので、自分がラースのことを異性として意識してるらしいってことが分かっても、どうしたらいいか分からない。基本的に、女性の側からそう言った行動を起こすのははしたないとされてるし――私に恋愛ごとの話題を振ってくる相手もいなかったから、なおさらだ。それが、何も変わっていない彼との日常につながっているというわけで……うん。納得しか無いね。


――伝われっ!

  ラースに、私の思いっ!!


 なーんて思いつつ熱視線を注いでも「小腹へった?」と、クッキーを口に突っ込まれておしまいだし。

むぐむぐむぐ。


――クッキー、美味しい。


 でも、ちょっぴりしょっぱい味がするね。



「……メル」



 好意を伝える難しさに肩を落としつつもぐもぐしていたら、ラースが心配そうな声を出す。『どうしたの?』と思いつつ、首を傾げて彼を見上げる。



「もしかして、お腹でも痛い?」


「……なぜに?」


「なんか、つらそうな顔してる」


「とりあえず、お腹は痛くないからお薬は要りません」



 心配そうに眉をひそめて、いそいそと薬の入ってる引き出しを開けるラースに制止をかけて、ままならないなとため息をつく。


――私の表情の変化には、割とよく気づくのに。

  なんで、通じないんだろうなぁ……?


 気遣ってくれるのは、素直に嬉しい。嬉しいけど、そうじゃない。



「ふむ……なら、悩み事とか?」


「そう、ソレ! お腹が痛いんじゃなくて、ちょっと悩み事があっただけですっ」


「……悩み事なら聞くけど、俺には言えないようなこと?」



 今度は正解!

我が意を得たりとばかりに意気込んで答えたものの、続くラースの問いに、ちょっぴり悩む。


――え?

  なんて言うの?

  なんて言えばいいの??


 えっと、えっとと悩んで悩む。

『ラースのことが好きだ』って伝えたいのに伝わらないこの気持ちを、どう説明すればいいのかと悩んでいるのに。本人にそのままストレートに聞くなんて、出来るわけがない。そもそも、ソレが出来るなら悩む必要がないんだもの。

出来ないから悩んでるんだし……!

 悩みに悩んだ結果、ずーっと先の『タラレバ』の話として相談することにした。もちろん、相手は未定ってことにして。

うん……だってね。一人で悩むのは苦手なんだもの。



「その……ね。将来的に、漠然と不安になっただけなんだけど――」



 この呪いの森を出た後に、いつか誰かを好きになったときのことで悩んでいたと伝えてみる。相手がラースだと言わなければ、案外なんとかなるものだとホッとしたのだけど、聞いてるうちにラースの顔からはどんどん表情が抜け落ちていく。



「庶民の恋愛事情なんて、知らないよ」



 平坦な声で告げられて、「そうだよね」と返しつつため息を吐いた。



「私も知らない。本を読むのも好きじゃなかったから、他の子みたいに恋愛小説なんて読んだこともなかったし……好意って、どうやって伝えたらいいものなんだろう」



 なんとも名状しがたい気まずさを感じて、そのことにひどく戸惑う。

ラースと二人、すでに3つの季節をともにしたけれど、今までこんな居心地の悪さを感じたことなんてなかったのに。



「俺なら――メルに言わせる前に、自分から言うよ」



 暖炉の前の長椅子に腰掛けた私の前にラースが片膝ついて、手にした透明なバラの花を一輪差し出す。



「愛してる」



 短いけれど、言って欲しいと思う相手からの愛の言葉だ。

嬉しくないわけがない。

たとえ、それが偽りの言葉なのだろうと分かっていても。


――でも……


 彼の目に本気の色が見える気がするだなんて、私の願望が見せる幻だよね。自分なら――っていうただのデモンストレーションだと理解しているのに。私に対する告白なんかじゃないと分かってるはずなのに、なんだか胸が一杯になって、息苦しさを感じる。


――好きな人に思いを向けられるのって、こんな感じなんだ。


 なんだか息苦しくて、ふわふわして、とってもドキドキ。頬にやたらと熱を感じるのは――もしかして、赤くなってる!?

ペタンペタンと右と左の頬を順番に押さえると、やっぱり熱い。



「メル……?」


「好き……」



 ポロッと、あんなに言いたくても言えなかった言葉が口から飛び出して、ラースの目が驚きを示して見開かれる。


――その表情も、好き。



「別れが、決まってるのに……」



 だから、ラースが森から出る方法を知りたくなったのに、そのことには気づかないふりをした。



「ここから、出れない人なのに……」



 それでも、やっぱり諦められなくて。

呪いの解き方を訊ねたけれど、少しでも長く一緒に居たくて、調べることを諦めた。

なのに、調子に乗って、とんでもないバカなことを聞いてしまった。


――ラースが、『自分なら』って返事を返してくる可能性は想像ついたはずなのに。



「心にもないことを言わせて、ごめんなさい……」


「ちょ、ま――」



 ギュッと目をつむると、涙がこぼれて頬を濡らす。



「好きになってしまって、ごめんなさい……」



 でもでもでもね。

言い訳をさせてもらうなら、怖くて不安な思いをしたその後に、あんなに優しく甘やかされたらどんな子でも勘違いしてしまうと思う。私が特別、ちょろい子なわけじゃないと思いますっ……!

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