男装令嬢の確信
真新しい刻印具を作ってもらって、1ヶ月。
あれから、魔法具作成に鋭意努力を続けている今日このごろ。ただし、残念なことに進捗状況はイマイチ良くない。
魔法具を作るには、第一に魔力操作の精度が必須だ。更に、ソレをきちんとこなしつつ、正しい配置で刻印を刻まなくてはいけない。
最初に口頭で聞いたとき私は、『案外、簡単そう』と思った。だけど、実際にやってみたら大間違い。『言うは易く行うは難し』ってのはまさにこのことで、魔力操作が上手に出来ると配置をミスるし、逆もあるって具合で失敗しまくる。
「まだ、実技をはじめてから1ヶ月なんだから焦る必要はないよ」
と、ラースは言ってくれるものの。未だに刻むのに成功しているのは、魔力石そのものに1つだけ刻印を刻めば良い、使い捨ての魔法具だけなのだ。
いわゆる基礎の中の基礎。
と、いうことは――コレができる程度の魔法具師はたくさんた~くさん居る。なんせ『刻印具を所持』してて、ある程度の魔力操作ができれば、誰でも作れるんだもの。ただし、効率の良し悪しは別とすれば……っていう注釈は入るんだけど。
「使い捨てのなら、魔力のロス無く刻めるようになってるし――順調な方だと思うんだけどなぁ……」
「でも……使い捨ての魔法具しか作れないんじゃ、生活が成り立つほど稼げるとは思えないでしょう?」
「まあ、そう言うから一歩進んで、刻印を2つ刻むのをやってるわけだけど――もっかいやってみようか」
使い捨ての次の段階として、ラース先生が用意してくれたのが『指輪』。
『指輪』は、使い捨ての魔法具を所定の位置にはめ込むことにより、恒久的に使用できるようになるという代物だ。
刻む刻印は、魔力石に刻印された魔法を使用するためのキーワードと、魔力供給源を『装着者』に指定するものの2つ。指輪の場合は魔力石に刻印してある魔法の名前をキーワードにするのがスタンダードなんだそうだ。
まあ、分かりやすいよね。魔法具師がそれぞれ違うキーワードを設定してしまうと、使う人が混乱しそう。そうでなくとも、使い捨ての魔法具は種類が多いんだから。
「メル、また、魔力がブレてる」
耳元で静かに囁かれて、刻印具に纏わせていた魔力だけでなく、支える手までが大きく揺れる。
――近い!
近い!!
近いぃい!!
「指輪より刻む数が多くなるけど……他の物に変更しようか」
そう提案しつつ、ラースは悩ましげに私から体を離す。
ちょっと――いや。すごく、ホッとした。指輪に刻印を刻む練習を始めてからずっと、距離が近すぎて落ち着かない。
心臓がバクバク鳴りっぱなしで、どうしても手が震えてしまう。
――変な下心があるわけじゃないって、分かってるんだけどなぁ……
剣術を習い始めたばかりのときに、教えるためだと言って先生に密着されたことがあったけど、そのときは『ゾワゾワ』したっけ。全然、ラースにくっつかれるのとは違う。ラースに近づかれると、『ドキドキ』して『ふわふわ』だもの。
むしろ、もっと近くにいて欲しいとそう思う。
そういえば、あのときの先生はすぐにクビになってしまったっけ。
当時は不思議だったけど、思い返してみれば下心満載で手取り足取りしてたわけで――まあ、当然だよね。
あの頃は分からなかったけど、今なら分かるよ。『下心』。
「あのね、ラース」
「うん?」
ちょっぴりの『下心』を隠して、彼の名を呼ぶ。
考え事の途中で呼ばれてキョトンとした表情を浮かべた彼が、私を見る。ちょっぴり幼く見えるその表情が、やたらと可愛らしく感じて、心臓がドキンと跳ねた。
「ちょっと待ってな。今、練習用に良さそうなネタを考えてるから……」
でも、ラースはすぐにそう言って考え事に戻ってしまう。
がっかりだ。
でも――顎に手を当て、天井を見上げて。一生懸命に練習するのに向いていそうなものを考えてる表情も、なんかやたらとカッコよく見える。
――最初は、整った顔立ちだなぁとしか思わなかったのに。
ラースの見た目は、別に変わってないと思う。
と、言うことは、だ。
変わったのは、ラースに向ける私の気持ちの問題なんだろう。
――私、やっぱり、ラースのことが好きなんだ。
父や母、兄に対する『好き』じゃなく。
侍女たちや家人相手の『好き』でもない。
もちろん、友人関係にあった令嬢や令息たちに対するものとも全然違う。
――これって、もしかしたら、恋ってやつなんじゃないかな……?
だとしたら、アレだ。
いわゆる、庶民の特権。
貴族のご令嬢にとっては、憧れのアレだ。
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