男装令嬢の素朴な疑問
何気なさを装いつつ、勇気を振り絞った言葉には、結局返事が返ってこなかった。
長い、長い沈黙があって、その後でやっとラースが口にしたのは全然別の言葉。
「一応、これもそのポーチの中に入れといて」
テーブルの上に、小袋がふたつ載せられた。
なんか、さっきの質問はなかったことにされたらしい。ションボリした気持ちを隠しすのは難しくって、口をへの字に曲げつつも中を確認してみる。
「……魔石、と指輪?」
中に入っていたのは、木製の素朴な指輪と魔石。指輪の内側は銀色で、魔石をはめ込む座金も仕込まれているから、魔法具の基材だと思う。金属の指輪の方が作るのは簡単なんだけど、平民向けのものはこうやって素材を偽装したものが主流らしい。
理由は分からないけど、”遠見”魔法で覗き見してみた結果だと、そう。
ただ、この形だと魔銀の量がそれほど必要ないみたい。『案外、魔銀の節約術かも』と、ラースは言った。
「万が一、突発的に森の外に
袋の横に追加で載せられたのは、魔法具数種類分。表題からすると売れ線(”遠見”で覗いた)だと思われるものだけを、彼が抜粋したものらしい。
「あんまりたくさんは入らないけど、見た目の数倍は入る魔法具だから。寝てるときにもできるだけ身につけといて」
「うん、ありがとう。ラース」
お礼を言ってからテーブルの上のものをポーチにしまい込み、改めてラースの顔をジッと見る。
「それより、さっき。すごく気になることを言ったけど……」
『突発的に追い出される』って、どういうことかと訊ねたら、「言ってなかったっけ?」と首を傾げつつ説明を始めた。
「俺が呪われてるって話、どこまでしたっけ?」
「とりあえず、ご飯も食べるし物にも触れるけど、精神体――オバケみたいなもので、メチャクチャ長生きしてるんだよね?」
聞かれた内容に首を傾げつつ、うーんと悩む。というか、ソレ以上のことって聞いてないかも。
「私を手元に置くのは善意だけじゃなく、事情があるんだろうってことはなんとなく察してはいるけど、無理に聞くことじゃないと思って聞かなかった」
「あー……メルが、妙な察しの良さを発揮して聞かなかったから、話してないのか」
どうやら私は、もっと前に聞いてたはずのことを聞かされてなかったらしい。
ラース曰く、私が彼にとって触ってほしくない話題には触れようとせず、案内されていない場所にも近寄らなかったのがその理由だそうだ。
――いや……人の嫌がる話題は、普通なら避けるし。
居候の分際でお家探検なんて出来ないでしょう……?
っていうのが、私の率直な感想だったんだけど――案外、他の人はそうでもなかったらしい。アチコチ覗き込むのは割と普通だったと聞かされて、かなーり驚いた。
――いやいやだって!
無作法にも程があるでしょう!?
「そもそもが、メルみたいに最初から有効的な態度を取る女の子が珍しいんだよ」
と言って、彼は困ったように笑った。
「メルの前に保護した子は、最後まで令嬢として振る舞っていたし……そうでなくともここに来た子にとって、俺の姿は自分を捨てた男そっくりに見えることが多い。悲鳴を上げて飛び出してって魔獣にやられたり――」
――出入り口のない、壁に囲われたお家の理由って、もしかしてソレ!?
「近くに居ることに耐えられずに自殺したりなんてこともザラでさ」
――そういえば、敷地内にある木は枝が細かったり丈が低かったりするのばっかり。
まさかの自殺避けだとは……
乾いた笑い声を上げるラースの姿に『聞かなきゃ良かった』と、余分なことを口走った自分を心の中でほぞを噛む。
――これって、できれば思い出したくないことだよね?
保護した子が何らかの形で亡くなるたびに、対策を重ねていった結果が今の箱庭風の住居だと語られて、彼が試行錯誤を重ねた回数に言葉を失う。元々あったという石造りの建物の周りを壁で囲うだけだって、大変な苦労があったはず。それは、魔法があっても同じことなのに……
「それでも、何人かは仲良くなれた子がいたんだけど……どの子も、ある日突然、いなくなる」
懐かしそうな声で呟いてから、寂しそうに視線を落とす。
ちなみに『森から追い出される』って言う表現になったのは、最初にいなくなった子が、ラースと話している最中に目の前から消えたせいらしい。
「えっと、探したりは?」
「その子がいなくなった直後、意識を失ってさ。気がついたら何年も経ってた。慌てて探したら、入ってきたのとは反対側の森のそばにいたよ。――けど、彼女。ここにいた間の記憶を失って、どういう訳か森の中にも入れなくなってた」
そのときにしていた話が、”呪い”を解く方法について。
ラースは、彼女が消えた理由が解呪法を話したせいだと考えて、似たような話になるたびにはぐらかしてきたらしい。
「その後も行方不明になる子が何人も出るうちに、書斎――というか、書庫が怪しいことが分かった」
――書斎って、基本的に本があってお仕事する場所だよね。
兄様の執務室を思い浮かべ、元々、あまり興味のある場所じゃないなと思う。書庫のイメージが強い場所ならなおさら興味がないね。
私、本を読むよりも、体を動かすほうが好きなので。
「書庫なんてあったんだ」
「うん。まあ、聞かれないように先回りして、必要になりそうなものはメモを用意してたから――」
「ラースの興味を持たせない対策は、私に限ってはとっても有効だったわけだね」
多分、本好きな女の子には無効だと思う。
なにはともあれ、”呪い”の解呪法を知ったり調べたりすると、森の外に捨てられた状態に逆戻り。しかも、記憶を落っこどした状態というオマケ付きだ。
――記憶をなくすってどれくらいだろう?
ここにいる間だけだろうか。
それとも、自分がどこの誰だったかも忘れちゃう?
それって、かなり怖いことだと思う。
なのでラースは、そういう万が一に備えて、路頭に迷わないようにアレコレと備えてくれていたらしい。今回用意してくれたポーチ以外にも、服のアチコチに魔石が縫い込んであるんだって。
――ラースを、一人でここに残して行きたくないんだけどな……
でも、下手に解呪法を探したら、私も過去の女の子たちと同じように彼を残していなくなる羽目になりかねない。
「解呪法って、知らなくても可能なことなの?」
解呪法を話した相手がいたんだから、彼は方法自体は知ってるはず。そう思って聞いた言葉には「多分」って返事が返ってきた。ラースの前にも同じ呪いにかかった人がいて、彼はその人と交代で呪いを受けたらしい。
交代制で呪いを受けるなんて聞いたこともないけど、私自身が呪いに詳しいわけでもないから『そういうもの』なんだと思うことにした。
――案外、普通にしてたらあっさり解けたりして。
下手に”呪い”について考えるのはやめたほうが良さそうだと結論を出した私は、悲痛な表情を浮かべてるラースの頭を、ちょっぴり乱暴にかき混ぜる。
「んじゃ、これからも必要な分だけ抜粋したメモをくれるってことだよね?」
「え? あ、うん。そのつもりだけど――」
「お手間かけるけど、魔法具の作り方を頑張って覚えるっ」
ちょっぴり乱暴だけど話題をすげ替えるために、両手を握って鼻息荒く宣言する。あえて明後日の方向に話を放り投げられたせいであっけにとられた顔してた彼は、一拍置いて吹き出した。
「うん。俺も、頑張って教えるよ」
ホッとしたように頬を緩める彼の姿に、私も心のなかで胸をなでおろす。
――私、深刻な顔してるより、笑ってるラースの方が好きだなぁ。
でもこれって、どういう種類の『好き』なんだろう?
素朴な疑問です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます