森の主の戸惑い
森のめぐみが溢れる期間が割と長くて、その間に俺とメル、それぞれが一度ずつ主催する形で二人きりのお茶会を開いた。
話す内容なんて、いつもと対して変わらない。けれど、普段よりも身支度に気合を感じるメルの姿が可愛くて、その時間が終わるのがとても名残惜しかった。なんというか、こう――苦手なりに可愛い髪型に挑戦してるかんじが、グッと来たっていうのは内緒だ。
あれから3ヶ月ちょっと経ち、雪が振りはじめる季節になったけれども、相変わらずメルは自分の髪を整えるのが苦手なまんま。
それでも、苦手なりに頑張って手入れをしているから、絡まっているなんてことはなくなった。きっと、一生懸命に結い上げたのであろう髪はところどころほつれてはいるけど……頑張っただけあって、だいぶうまくなってきてると思う。
ただまぁ――手入れを頑張る原動力が、「森を出ることになったら、お金は必要でしょう?」だって言うことに、ちょっと泣きたい気分。
「コレ、切って売るの?」
「もちろん。だって、食事をするのにも、寝起きするための部屋を借りるのにも、お金って必要なんだもの」
暖炉で薪が弾ける音の響く部屋の片隅で、織物に集中しながら、彼女は当然だとうなずいた。髪の短い姿を想像して、なんだかひどく悲しい気分になったのは、すっかり
自分にかけられた呪いに、この森に捨てられてきた女の子に惚れるなんて効果がなければ、本気で惚れているんだとそう信じられるのに。おかげで俺は、自身の気持ちも信じられない。
「タイムリミットが来る前に外に送り出すから、そのときに当座の資金にできそうなものは持たせるよ」
このままメルが、俺の呪いを解く方法を探したりせずにいれば、あと2年と少しの間はここに居られる。でも、万が一彼女が解呪方法を知ってしまったときは?
彼女は、期限前にこの森から追い出されてしまう。だから、普段から身につけてるものには比較的換金しやすいものを仕込んではあるんだけど……もうちょっと増やしたほうがいいだろうか?
常にポーチ類を身に付けさせて、その中に宝石の原石を入れとくとか。むしろ、隠しポケットをアチコチに作って縫い込んどいたほうが確実かも。
「最近、織り機に夢中だけど――」
「どこでも割と気軽に売れるという、ハンカチの材料調達を兼ねて、冬の手仕事の実践中――機織りって、服を作れるサイズの生地を織る人もいるんでしょう? 尊敬しちゃう。私が今織ってるハンカチに出来る程度の大きさでも、けっこう大変だよ!」
メルに、髪を売ればお金になると教えてくれた下級貴族のお友達は、どうやら刺繍を施したハンカチを売ると小遣い稼ぎに良いと話していたらしい。そんでもってメルは、どうせなら材料から自分で作ってみようと考えて、今に至る――と。
「ハンカチの方は、雑貨屋さんでコンスタントに売れるって話してたから。私もあやかろうかと思ったんだけどねぇ……」
髪を売るよりゃマシな案だけど、あくまでそれはお小遣いレベル。生活するのは厳しいだろうなと思いつつ、苦手な作業を誤魔化すための彼女のおしゃべりに相槌を打つ。
「でも、機織りも刺繍も好きな作業じゃないし。ハンカチを売って生活するなんてのは無理そう。布を用意するにも元手が要るし、自分で織るのと刺繍と両方はキツすぎるでしょう?」
何度か”遠見”の魔法でアチコチ見せてやったお陰か、メルもさすがに”冒険者”になりたいとは言わなくなった。変わりに、自分ができること・できそうなことの中から、生きていく糧を得る方法を模索してる。
――家族の元に帰りたいって、言わないんだよな。メルは……
自分付きだった侍女がいればとボヤくことはあるけど、今までの子たちみたいに帰りたいと泣いたりはしない。そうすべきじゃないと理解していたところで、帰りたくないわけじゃないだろうに。
――いっそ、泣いてくれたら慰められるのにな。
そのどさくさに紛れてメルに触れられるかもなんて、俺、色々と重症すぎ。
スケベ根性から脱線した思考を頭から振り払い、同意の言葉を返してから別の案を持ち出す。
「魔法具を作る仕事を探すってのはどう?」
「魔法具……今、教わってるやつだよね」
「そう、ソレ」
メルが割と得意な魔法を、本当ならあんまり使うのはオススメできない。でも、魔法具で作れる魔法なら使えてもおかしくない――なんて、提案が迷走しまくってる自覚はある。
とはいえ、魔法具づくりには、彼女の苦手な『細かい』『根気がいる』の二拍子揃っているのに、教えてる間中、案外楽しそうにしてるから向いてるんじゃないかな――とも思うのだ。ソレを口にしてみたら、メルは思った以上に嬉しそうな声を上げた。
「それは素敵! 一通り女の人の冬の手仕事覚えたら、そっちに専念しようかな」
「んじゃ、その間にメル専用の道具を誂えなきゃな」
遊び半分――と言っちゃ悪いけど――で軽く教わるだけなら、自分用の刻印具は必要ない。でも、本格的にやるつもりなら、自分の魔力になじませた道具を使ったほうが作業が容易になる。
「私専用の刻印具かぁ……ラースが作ってくれるの?」
「うん。っていうか、他に誰が作んの」
「自作しろって言われるかと思ってた。だって、自分が使う道具でしょう?」
「最初の道具は、師から弟子に贈るもんだよ」
――刻印具を作ったら、持ち運びに便利なポーチも必要か。
10日ほどかけて念入りに拵えたベルトポーチは、空間拡張を施して、所有者意外に使えないようにした特別製。大喜びで、腰に巻いて使い心地を試すがめつした後、メルはご機嫌笑顔で訊ねた。
「どうせなら、ラース本人を森からお持ち出しできたらいいのにな……」
「――え……?」
「ね、ラース。どうしたら、ラースのことをお外にお持ち帰りできるかな?」
――ソレって、どういうポジショニングで?
どう答えたら良いのかパッと思いつくことが出来なくて、真面目な表情で首を傾げるメルの顔をじっと見つめた。
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