閑話2 元婚約者のお引越し

 メレディス嬢が呪いの森から戻らぬまま、秋になった。

国議会からの使者から、今年の呪いの森からの恵みが溢れており、魔獣たちが通常よりもおとなしくなっていることと共に、アレクセイ息子の処遇が決まったことを告げられる。



「ご子息は『高魔力性認識障害』を発症していることが確定いたしました。つきましては、速やかに隔離施設へご移動いただく必要がございます」


「そう、か……」



 耳にした内容に、ため息がふたつ重なる。傍らでうなだれる妻の手をそっと握り、目を合わせる。彼女の目には悲しみの色も見えたが、それ以上に諦めの色が強い。



「日を追うごとにおかしくなっていく、メルへの――メレディス嬢への扱いを見ていて、違和感は感じておりました」



 『高魔力性認識障害』という名の通り、高魔力に恵まれた者が罹ることのある病で、思春期に発症することが多い。主な症状は高慢で暴力的になり、病が進行するにつれて倫理観が失われていくというものだ。

上位貴族には数世代に一人は現れる病であるため、「やはり」という気持ちが強い。

息子の現在の言動を見る限り、かなり症状が進んでいるのだと思われる。



「ごくごく平均的な『高魔力性認識障害』の症状です。都合のいい情報は理解しますし、思春期に自分が特別な存在だと誤認することはよくあることです。それと分からずとも、仕方がないのですよ」



 大概の人間は、途中で自分の至らなさに思い至って我に返るものだがそうでない者もいる。そうであっても、なんのかんので折り合いをつけていくものだが、『高魔力性認識障害』の場合はソレが出来ない。発症に気づかぬまま放置していた結果、癇癪を起こした患者が暴れまわり、滅びかけた国もあるという。



「治療は――」


「正直なところ、治療に成功した例はありません。隔離施設内で試みられておりますが……」



 望みは薄いと言外に示され、またため息が口から漏れた。





―”賢者の楔” 一職員―


「お迎えに上がりました」



 患者の部屋に入ってすぐの場所で立ち止まり、丁重な立礼を行う。これが、『高魔力性認識障害』患者を苛立たせないためのコツのひとつだ。特に、自己顕示欲を肥大化させている中期以降には必須となる。



「遅い。待ちわびたぞ」


「申し訳ありません。アレクセイ様をお迎えするのに相応しいお部屋を用立てるために奔走しておりました」



 再度頭を下げ、天鵞絨張りの箱を捧げ持ち、蓋を開く。中で燦然と輝いている額飾りは、魔力を抑制するための魔法具で最高レベルの技術を注ぎ込んで作られている。今回の最新型は、従来の魔力抑制・魔力誘導などの機能の他に、幻影術を組み込み装着者の妄想を現実のように見せることができるようになった。

おかげで隔離施設の内装を、患者ごとに変更する必要がなくなり無駄な予算をかけずに済むようになる――予定だ。



「こちらが、適合者の証でございます」


「うむ」



 王位の証として王が身につける額飾りによく似たこの魔法具は、『自分は王になる男だ』と思い込んでいることが多いこの病気の患者には毎回好評だ。今回も、例にもれずお気に召してくれた様子にホッと息をつく。

幻影術を組み込んであるものの、効果は装着者本人の妄想力によるため、うかつな言動はとれない。うっかり悪態をついたりして正気な部分・・・・・を刺激して癇癪を起こされても面倒だから、従順な表情を取り繕って「まるで誂えたかのように似合っておられます」と頭を下げる。



「そうであろう」



 満足げな様子に『趣味に合わせて誂えたしな』と心の中でツッコミを入れつつ、隔離施設に向かう馬車へと案内する。チラリと視界の端に見えた患者の様子は堂々と胸を張り、見用によってはふてぶてしくも見える、誇らしげな笑みを浮かべている。今後戻ってこないであろう患者主家の子息を見送る、気づかわしげな視線には気づいていない。


――この様子なら、きちんと幻影術は仕事をしてくれているようだな。


 心の中でホッと胸を撫で下ろす。


――古代の大賢者様ってのも、ひどい呪いまじないを考えたもんだ。


 『高魔力性認識障害』というのは、人の心に巣食う負の魔力を正の魔力へと変換する呪いまじないの核となる素質のある人間だ。患者が年を追うごとにモラルや自制心が失われていくのは、負の魔力の性質を変える際に、自らの魂をフィルター代わりとするのが原因だが、これは”賢者の楔”の最高機密。


 ちなみに”賢者の楔”は、公的には『高魔力性認識障害』療養・研究機関ということになっている。

実際には、古代の大賢者が『高魔力性認識障害』患者を利用して組み上げた呪いまじないを維持する目的で立ち上げられた世界機関であり、非公式の組織だ。なにせ、この呪いまじないが機能しなくなると、この大陸が崩壊してしまう。

物理的に大陸が消失するのと、『高魔力性認識障害』患者が野放しにされると高度攻撃魔法をばら撒きはじめるのとの両方の意味でだ。


 古代の大賢者様が構築した呪いまじないは、『高魔力性認識障害』患者を生贄とするもの。この呪いまじないの対象となった患者は、負の魔力を正の魔力に変換するための精神体として長い時を過ごすことになる。

 精神体として過ごすことになるのは、数多の人々の負の魔力に生身の体では耐えきれないからだとも、同様の素質のある人間と交代・・するまでに掛かる年月が長すぎるからだとも言われているが、もしかしたら両方かもしれない。


――婚約者だったご令嬢と心を通わせられてれば、良かったのだろうけど……


 呪いまじないの適合者は、自身と同じ性質を持つ相手に無意識に惹かれる性質もあるそうだ。魔力が低くとも、同じ素質を持つ異性と結ばれれば呪い・・は無効化される――らしい。だからこそ、中~高魔力の保持者達貴族は学園に入学する前に婚約を結ぶことが法律で禁じられているわけだ。

この法律が作られた理由は、しょっちゅう核が変わると呪いまじないが不安定になるのがひとつ。そしてもうひとつが、適合者に呪いまじないから逃れる機会を与えられるべきだといもの。前者はともかく、後者は後付けだろう。


 何にせよ、これで、予備・・の確保は完了だ。

今後、の交代劇が起こるかどうかは謎だけれども、今回の患者がなりたがっていた『王』のお仕事を体験してもらいつつ、様子を見ることになる。


――確か、今の”核”は、千年以上は交代してないんだよね。


 しみじみと、突出した魔力を持たずに生まれてきた、我が身の幸運を噛み締めながら空を見上げる。

自分だったら、生きてる間中魔力を搾り取られ続けるの『王』のお仕事も、何百年もの間呪いまじないの核として心を削られ続けるのも絶対に御免こうむりたい。

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