男装令嬢の森のお茶会
お茶会の会場は、大きなキノコが生えてる広場。
テーブル代わりにされてるのは、その中でもひときわ大きなキノコでなんだか、絵本の中に迷い込んだみたい。思わず口から「わぁ……」と、声が漏れた。よく見ると、周囲生えてたキノコは椅子の代わりにするものを除いて、邪魔にならないように刈り取ったみたいだ。
「どうぞ、姫君」
「その……素敵なお茶会にご招待、ありがとう」
テーブル代わりのキノコの上には白いクロスが敷かれていて、クッキーにゼリー、それからサンドイッチに色とりどりの果物が所狭しと並んでる。
「――ゼリーやカップケーキなんて、いつ作ったの?」
「ナイショ」
突然開催が決まったお茶会。しかもラース自身も、結構精力的にキノコ採りをしてたっていうのに、一体いつの間こんな用意をしていたんだろう。
大きなキノコに腰掛けると、フワッというか、モフッというか……なんとも言えない感触で座り心地がとてもいい。その上、体重をかけてもゆらぎもしないとか、とっても安定感があって丈夫。
「不思議な座り心地」
呟きながら表面を撫でると、上質なベルベットのような肌触りが気持ち良くて、うっとりしてしまう。
――こんな椅子、家にあったら素敵なのに。
さわさわスリスリしている様子を、ラースが微笑ましげに見てるのに気づいて誤魔化し笑い。
「お土産に持って帰れりゃいいんだけど、残念ながら地面から剥がすと5分と保たずに崩れちゃうんだ。コレ」
「ソレは残念」
刈り取るとあっという間に形を崩して姿を消してしまうから、このキノコはマボロシタケと呼ばれているのだとラースは教えてくれた。
――どこかで聞いた名前かも。
「消えちゃうの?」
「俺も始めてみたんだけど、ほんとに跡形もなく消えるからビックリしたよ。空気に溶け込むってイメージが近かったかな」
「ラースも初めて見たんだ」
ソレをどこで聞いたのかはパッと出てこないし、空気に溶けるように消えてしまうなんて性質も知らなかったけど、どこかで聞いた名前ではある。
「うん、そう。この森でこんなにキノコが生えたのって初めてだし。森のめぐみが溢れるときにしか現れないそうだから」
前に森のめぐみが溢れるほど実ったのは、ラースが呪いを受ける前。それなら、彼が初めてマボロシタケを見るというのも頷ける。
――いつ、どこで聞いたんだろう?
心の中で首を傾げつつ、ゼリーを掬いとる。悩み事は後回しだ。今は、のんびりとお茶を楽しまなきゃ。せっかく、ラースが頑張って用意してくれたんだから!
食器もカトラリーも、いつもの木製のものだ。参加したことのあるお茶会で使われていた、磁気やガラスで作られた食器や銀のカトラリーのような美しさはないけれど、スプーンの上でフルリと震える青紫色のゼリーは、木漏れ日を浴びてキラキラしててとってもキレイ。
「ん、美味し」
「こっちのカップケーキも割とイケルと思う」
プルプルツルンとした甘酸っぱいゼリーを楽しんだ後は、おすすめされたカップケーキをパクリ。
「こっちも美味しい」
「だろ?」
ちょっぴり甘さ控えめなしっとりとしたカップケーキがホロリと崩れ、口の中に幸せが広がる。フニャリと表情が崩れてしまうのは、仕方がないよね。
だって、あまぁいお菓子なんて、ほんとに久しぶり。それだけでも頬が緩んでしまうだろうってものなのに、甘さの加減が絶妙なんだもの。
「ううう、ほっぺが落っこちるぅ!」
頬を抑えて足をパタパタさせてると(令嬢時代にやったら怒られる!)、ラースがテーブルキノコに突っ伏して笑い出す。
「……カップケーキが美味しすぎるのが良くないと思います」
「んじゃ、次はもう少し手を抜こうか」
「いけず」
意地悪なことを言い出したラースに、ベーッと舌を出してみせると、彼は「冗談だよ」と、楽しげな笑い声を響かせる。
――この時間が、ずっとずっと続けばいいのにな。
他愛のないおしゃべりをして、美味しいものを一緒に飲んだり食べたりするだけ。そんな他愛のない幸せな時間を、共有できたら幸せだよね。
――ラースの呪いって、どうやったら解けるんだろう?
ふと、そんな疑問が頭に浮かぶ。
自分でできることなら、魔法も得意な彼のことだ。とっくの昔に解いているはず。なのに、今もこうしているってことは、自力では無理なことなんだろう。
もしくは、解き方がわからないとか。
かけるのは簡単でも、解除が難しいと言うのは呪いの定番だよね。人を霊体化して一つの場所に拘束するなんて呪いの解除が簡単に行くわけもないし、解き方が分かったところで自力で解くことが出来ないのかもしれない。
――でも。
ソレを聞くのはまた今度。
今は、『楽しい』を積む時間。
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