男装令嬢のキノコ狩り
ラースの書物庫からもってきた図鑑を片手に、目の前のキノコとにらめっこ。
「色は白くて、カサにはブツブツ。……毒キノコさんだね」
ションボリしながら視線を巡らせると、次のキノコを大発見!
今度は、カサが赤くて白い水玉模様の、ちょっぴり可愛いキノコさん。
「また、毒キノコさんだった……」
「メルは、才能があるなぁ」
一周回って、逆に感心したというように呟くラースを見上げて「むむむ」と唸る。
「食べれないキノコを見つける才能があっても、嬉しくない」
「シラツノタケも、ベニシズクタケも、割と見つけづらいキノコなんだけど。ちなみに、罪人に飲ませる毒杯に配合されてることもあるヤツだよ」
「こわっ!?」
なんで、そんな機密事項っぽい配合を知ってるの!?
そっちの方に、ドン引きです。
「元婚約者用に作ってやろうか?」
「結構ですぅ!」
大きくバッテンを作ってみせると、ラースは吹き出し笑いを始めてしまう。
「そんな、お腹を抱えて笑うほど面白かった?」
「いや……二度と関わり合いになりたくないんだって、良く分かる言い切りっぷりがツボに……」
「ラースは笑いの沸点が低すぎる……」
ジトッとした視線を送ってやると、爆笑したばかりで更に低くなってる笑いの沸点に引っかかったみたいで、また笑い出す。笑ってるラースは放っておくことにして、大きく息を吐いて気持ちを落ち着け、キノコ探しを再開した。
結局、自力で見つけたキノコはみんな毒物ばっかり。それでも、何種類かは下処理をすれば美味しくなるらしい。單純に天日干しするだけでいいものから、茹でこぼした上で薬草に漬けこまなきゃいけないものまで色々だけど、美味しくするための努力なら惜しみませんとも。
「メル、天才!」
「ええ、ええ。集めた三種類。ぜんぶぜーんぶ、毒キノコですとも!」
半ば焼けになって胸を張ると、ラースは蕩けそうな笑みを浮かべて収穫物で作れる料理を数え上げはじめる。
スープの具材にすると、舌の上でホロホロほぐれてトロントした得も言われぬ食感?
――え? それって、どんな?
想像はつかなかったけど、なんだか熱意は伝わってきた。ラースが美味しいっていうんだから、きっと美味しいんだろう。
「まって、まって! ストップ!」
「うん?」
「ソレ以上は、ダメですっ!」
主に、淑女としての尊厳が危険で危ない。……今更かもしれないけど。
「なんだ。メルが、よだれを垂らしそうな顔になってくのが面白かったのに」
「確信犯だった……!」
ブーっと頬を膨らますと、ラースはそっぽを向いておかしそうに肩を震わせてる。
ちょっと、あんまりだと思います。
なかなか笑い止まなそうだから、大きく息を吐いて気分を落ち着け、キノコ探しを再開する。
――コレは、スープでトロ~リ……一体、どんな味なんだろう?
黙々とキノコ採りに励んでいると、やっと笑いの発作がおさまったラースが謝罪を始めた。
「ごめん、ごめん。メルがあんまり可愛くて、からかいすぎた」
謝罪が謝罪になってない辺りが、なんともラースっぽい。
――『可愛くて』ってつければ、何でも許されるわけじゃないんだから、もうっ!
とはいえ、『可愛い』と言われること自体は嫌じゃなくて、むしろ、嬉しい。だからこそ、余計に腹が立つんだけど。
――そういえば、ご令嬢時代にはこんなことで腹を立てたりしなかったな……
ほんの数ヶ月前のことなのに、貴族のご令嬢をやっていた自分のことが、なんだか遠くに感じられる。ずいぶんと私は、ラースとの暮らしに馴染んでいるみたい。
この先、元の生活に戻る見込みがない私にとって、コレはきっといいことなんだろうけど……彼と、ずっと一緒にいられるわけでもないって考えると困りものだ。
――私、ラースに甘えっぱなしだものね。
「メル、ごめんってば」
半分以上聞き流していたラースの謝罪の声が、やけに近くに聞こえた。驚きつつそちらに顔を向けると、ションボリ眉の彼が隣にしゃがみこんでこっちをみてる。
ラースの表情の中の、何かに驚いて、私の心臓がドキリと跳ねた。
「ホントは、からかいに来たんじゃなくて、お茶会の用意ができたから呼びに来たんだ」
「……お茶会?」
「朝、髪を結いながら約束したやつ」
「え……冗談じゃなかったの?」
あんまりにも私の髪がグチャグチャだからと、ラースが手入れしてくれたときのお誘いは、私の中では『冗談』で、彼にとっては『本気』だったらしい。
「まあ、本格的なやつではないけど」
言いつつ立ち上がり、私に向かって手を差し伸べる。ラースの表情は、初めて見る、気取ったよそ行きの笑顔。
「キノコの森の小さなお茶会ですが、ご参加いただけますか? メレディス嬢」
「――よろこんで」
差し出された手の上に、自分の手をそっと乗せる。
――なんでだろ。ちょっと、恥ずかしい。
キノコ採りに勤しんでたおかげで汚れた手指に、いつもどおりのチュニックとズボン。こんな格好で、お茶会にお呼ばれするなんて思わなかった。
「でも、ドレスコードは平気なの?」
「招待主がこんな格好だから、もちろん、平服上等」
上目遣いに訊ねると、ラースは優しく目を細めて言葉を続ける。
「――それにメルの場合、ボロを着てても、きらびやかなドレスを着たお姫様よりずっとキレイだよ」
「~~!?」
顔に火がついたんじゃないかって錯覚に陥るくらいに熱くなって、思わず両手で頬を抑える。とっさに返そうとした言葉も声にならずじまいで、空気がハクハクと口から出る音がしたっきり。恥ずかしさに視線を落とすと、小さく笑う気配の後に「こっちだよ」と優しい声をかけられる。
先を歩くラースの背中を慌てて追いながら、ふと、胸の中が妙にホワホワすることに気がついて首を傾げた。
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