男装令嬢のコーンスープ
ここ数日、ラースはとっても上機嫌。
本人曰く、夜の散策の最中にちょっといいことがあったらしい。それが一体どんなことなのかは教えてくれなかった。けれど、その出来事のおかげで普段は見ない森の幸がアチコチに生っていると聞くと、なんだかワクワクウズウズしてしまう。
「魚捕りをした川の近くにも生ってたから、明日にでも行ってみる?」
「そりゃもう、喜んで!」
こんな素敵なお誘いに、『否』なんて返事をするわけがない。歓声混じりに返事をしつつ、表情はもう崩れまくりでウッキウキのニッコニコ。
久しぶりの外出だもの。明日が楽しみすぎる!
『ヤッター!』と両手を上げて喜びを表現した拍子に、手にしていたトウモロコシさんがポーンと手からスッポぬけて明後日の方向に飛んでいく。
自分の顔めがけて飛んできたトウモロコシさんを、目を丸くしつつも余裕の表情で受け止めたラースは、一拍置いて吹き出した。
「メル。楽しみにしてくれるのはいいけど、夕飯の材料が危うく大惨事」
「ごめん、ラース。そして、トウモロコシさんを助けてくれてありがとう! とってもとっても愛してる!」
「メルの愛は、軽いなぁ」
「そんなことないよ。ラースが本気にしないだけ」
トウモロコシさんを返してくれつつ、ラースはおどけた表情で、「はいはい」と本気にしてない返事を返す。
――割と、嘘でもないんだけどな。
まぁ、この気持は家族に対するものに近くって、ラースは言うなれば面倒見が良い親戚のお兄ちゃんってイメージだ。
――すごく、良くしてくれるんだよねぇ……
本人曰く、『下心しか無い』親切だって言うけど、とてもそうとは思えない。
――むしろ、ラースの下心ってなんだろう?
そう思わずにいられないほど、紳士的。っていうか、婚約者だったアレクセイみたいな値踏みするような目で見ることはない。
まあ……そもそもが、”精神体”だという彼の『下心』が、そう言った肉欲的なものだと思うこと自体に無理がある。
――考えるだけ、無駄かな。
何度となく考えたことだけど、結局、今日も答えが出ないまま、思考放棄!
自分のことですら理解できないことがたくさんあるのに、他人の考えなんて分かるはずがないんだもの。仕方ない。
それでもやっぱり、気になると考えちゃうんだけど。
「それで、今日はとうもろこしを使って何を作るの? メル」
「今日は、”すりおろしコーンスープ”です!」
「”すりおろしコーンスープ”?」
生のトウモロコシさんをおろし金でゴーリゴーリ。それからミルクと、ドライコンソメ。最後に、ちょっぴりのお塩を入れると絶品らしい。
ミルクは、ラースがどこからともなく持ってきた牛さんじゃないナニカで風味も違うけど……まあ、これはこれでいい感じ。ドライコンソメは、コンソメスープの水分を魔法で分離して作った自作です。
私、頑張った!
「友達に作り方を教わったことがあってね……簡単そうだからやってみたかったんだけど、危ないから駄目ってお兄様に泣かれちゃって断念した代物です」
「あんまり貴族のお嬢様に料理はさせないもんなぁ」
ほんと、それ。
私としては、やりたいと思うことはやらせてくれてもいいと思うんだけど……それに不思議だ。
「クッキーの生地を混ぜたり捏ねたりはいいのにね」
それも、お料理の一種だと思うわけです。
「それだって、ある程度以上の家になるとやらせてもらえない。メルの家はゆるい方だよ。口だけ出して、自分の好みに改良させるのがスタンダードかな」
「知ってるけど……スタンダードって、楽しくないよね」
ヒョイと肩をすくめる仕草に、ラースは違う意見なのだと理解する。ただ、この話には続きがあるのだ。
「でもね。友達は割と普通にやってたみたいで、それは羨ましくてペロッとそう言っちゃったんだよね」
「……本人に、言っちゃったんだ?」
「單純に、自分が禁じられてることを普通にさせてもらえてるというのが羨ましくって、ついつい口に出して言っちゃいました」
即座に頭にチョップ入れられて、怒られた。私が『羨ましい』と思って口にした言葉は、元婚約者のアレクセイと同レベルの傲慢な発言だ、と。
うちは中位貴族で領地もある。裕福だとは言えないものの、貧乏ってほどでもなかった。要は、家人を充分な人数養うことが出来る金銭状況ってやつ。
彼女は領地なしで、下位の法衣貴族。
いわく、な父親だから、貧乏なのは仕方がないのだと笑ってた。そのせいで、私は『貧乏』ってものが大したことじゃないのだと勘違いしてたんだ。彼女が、料理を作ることができたのは、必要に迫られて覚えたのであって
そのことを、分かってなかった。
すぐに謝ると、彼女からも暴力的な諌め方をしてゴメンナサイと謝罪され――二人で笑ったのは、いい思い出だ。
「自覚なく、元婚約者と同じような考え方をしていたことに気付かせてくれた彼女には感謝しかありません」
「そっか」
「うん。彼女、元気にしてるかな? ちゃんと、元婚約者から逃げ切れてるかな?」
それが、今でもたまに不安になる。
「今思えば、彼女から紐の結び方くらい教わっておけばよかったんだよね。学校でリボンが緩んだ時にいつも直してくれてたから、出来るのは知ってたんだもの」
家では、侍女たちの仕事を奪うことになるからダメでも、学園にいるときのために覚えておけば良かったのだ。そうしてたら、ラースの手間も少しは省けたかもしれないのに。
――後悔って、ホント。後になってからするもんなんだね。
「俺は、メルにイチから教えられて嬉しかったけど、メルは――その子から教わりたかった?」
「いや、そう言うわけじゃないんだけど……」
ラースは、なんだかちょっぴりスネた雰囲気。
――あれ? あれれ?
いつも、すました様子で、一歩引いた場所から私を見ているラースがこんな表情を見せるとは。
――すっごく、意外な反応だ。
そんでもって、ちょっと可愛い。男の人に沿う感じてしまうのは失礼かもしれないけど、真っ先にそう思った。
「身支度が最初からできてたら、紐の結び方から教わる必要はなかったでしょ。そしたら、他のことをもっと早く教われたな―と、そう思ったの」
言いつつ、オタマで掬ったコーンスープをちょっぴり味見してみる。
――あ、美味しい。
トウモロコシさんをすり下ろす作業はちょっと面倒だけど、後は他の材料と混ぜ合わせて軽く火を通しただけという簡単調理。それでこの味は素敵!
ラースに教わったものよりも、口の中に広がるトウモロコシさんの香りが爽やか。ちょっぴり入れたお塩が、嫌味のない甘さを引き立ててる。
思った以上に美味しく出来てることが嬉しくて、オタマに残ったスープをラースにもおすそ分け。
「え……!?」
とキョドった後、一口すすって『美味い』と呟いたラースのほっぺがちょっぴり赤かった。
――機嫌は直ったみたいだから、ま、いっか。
後になって、間接キスに気づいて奇声を上げたのは、また別の話です。
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