森の主の夜のお散歩

「チョウチョって、ヒラヒラフワフワと花々の間を飛び回る綺麗なもの。そう思っていたけれど、畑の面倒を見始めてから180度見方が変わったなぁ……」



 彼女はブツブツ言いながら、トマトの葉っぱをモシャモシャしてた青虫を、トングでつまんで麻袋の中に突っ込む。



「まさか、ただの害虫だったなんて……」



 野菜の葉っぱは柔くて食いやすいのか、どこからともなくヒラヒラとやってきた蝶が卵をたくさん産み付ける。青虫毛虫が顔を出し始めてから、メルが悲鳴を上げるのを聞いて、ソイツらがメチョウチョの子供だと教えたら、目をまんまるにして驚いて――すぐにプンプンと怒り出した。



「駆除しなきゃ!」



 叫ぶやいなや、彼女は”水球”で飛び回ってた蝶を次々と撃ち落とし、目を皿のようにして幼虫探しをおっぱじめる。新たな敵を発見して捕獲すると、他の獲物を探し回る彼女の剣幕にビックリするのと、笑うのとどっちがいいだろう?



「駆除しても、キリがないってのは確かだな」



 彼女が落とした蝶の中には、魔道具の素材になるのも混じってる。使えそうなのを回収しつつ、いらないヤツにはとどめを刺しつつ同意すると、「卵も見つけ次第、プチプチしてるのにね」と、メルは頬を膨らました。



「ああああ、キャベツさんにも毛虫がついてる!」



 最近の彼女は、キャベツスープが大のお気に入り。

そのお気に入りが、虫に食い荒らされてるのをみて、両手を頬に当てて絶叫する姿に腹が捩れそう。



「――好きだなぁ……」



 ポロッと口をついて出た言葉に、唇を噛む。

メルの、ご令嬢っぽくないコロコロ変わる表情も。

まだ子供っぽさが見え隠れする立ち居振る舞いも。

愛されて育ったのが分かるちょっぴり甘えた口調も。

どれもすごく、すごく可愛いけど――


――とうとう、完全に呪いが回ったかな。


 メルのことは、最初から割と好きだったと思う。けど、この感情が呪いによって惚れさせられてるのか、自分自身の本気かが区別をつけられない。

こんな、自分のものかどうかも判別できないような妙な感情、うっかり彼女に知られないようにしないと……


――また、知られたくないことが増えた。


 小さく、諦め混じりのため息を吐いて顔を上げる。

メルは、相変わらず一人でワーワーキャーキャー言いながら、青虫毛虫を駆除してて、その姿がやたらとキレイに見えることに、またため息。


――今回の熱病は、どうやらかなりの重症っぽい。







 夜が更けて、丸い月が中天にかかるころ。俺はひとり、森の外縁部へと転移する。

森の端のグルリと1km位の距離は、農民なんかが薪拾いや木の実を採れるように自由に出入りができる。目的は、そのギリギリの場所でここ数日、飽きもせずに森の内部に踏み入ろうとする命知らずな連中が、何を探してるのかを探ること。

単純に、森の深奥に巣食う魔獣か魔樹が目当てならソレはソレでいいけれど、時期的に考えると、そうでない可能性が高い。



「しっかしいつの時代も、アホっているよな」


「アホの周りはいい迷惑だな」


「ははっ、ちがいねぇ」


「おかげで、呪いの森を毎日グルグル……嫌になるな」



 火を囲み、鍋の中のごった煮をつついているのは、4人の男たち。獣よけの結界の張られた広場内だからか、大した警戒もしてない風に見えるけれど――そこそこ腕の立つ狩人なのか、森の中での動きは悪くない。

ただ、こいつら。どうもメルのことを探してる雰囲気なのが気に食わない。連中が雑談を右から左へと聞きながし、今回の『仕事』の話に話題が移ったところで意識を戻す。



「それにしても、痕跡は全然見つからんなぁ……」


「16歳の女の子が、丸腰でこんなとこに捨てられて無事なはずがないだろう」


「春に捨てられたんじゃ、もう絶望的だろう」


「ちがいねぇな」



 話を聞いているうちに、こいつらを送り込んできたのが、メルの家族だったらしいことが分かってホッとした。同時に、帰してやれないことに、少し胸が痛くなる。



「多少、剣の腕があるっつーても、お貴族様の子供のお遊戯だろう。こんな森の中で、何ヶ月も生き残ってるわきゃねーのにな」


「それでも、なかなか諦められないもんだ」


「せめて、何かしらの遺品があれば違うんだろうが……」



――遺品。遺品ね……


 あの時に着てた服は残っているから、どっかに引っ掛けといてもいいけれど、キレイな状態じゃあ不自然過ぎる。それに、今更そんなものが見つかったら、諦めるどころか逆効果になりそうだ。



「運んだ御者も行方不明だっていうだろ」


「そいつが、途中で娼館にでも売ってる可能性もあるな」


「ま、ソコは依頼主も分かってるだろう」


「そりゃそうだ。俺らの気にするこっちゃないな」


「森の反対側からひょっこり出てくる奴らもいるしさ、案外、無事でいたりして」



 話の内容から、随分と人の良さそうな連中だと分かり、毒気を抜かれつつもほっこり気分。


――あ。



「今、森が一瞬光らなかったか?」



 話していた男たちが、キョロキョロと視線をさまよわせる。ポヤンと、一瞬だけ光った森の中のあちこちに何かが芽生えていくのが感覚。それが、人にとっていいものだといいなと思いつつ、メルの眠る家に向かって転移した。


 その年の呪いの森では、これまでににない量の木の実やキノコが採れたらしい。

俺の記憶にない種類もあったから――きっとこれは、メルを想う家族や捜索に来た彼らのおかげで起きた、一つの奇跡。

知らなかったよ。

温かい気持ちに触れたことによって、こんな事が起きるなんて。

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