男装令嬢の魚捕り

 真夜中に、ラースが暗い部屋の中で『大丈夫』と呪文のように繰り返してるのを見つけてから数日たった。未だになんにも話してくれないのが、密かに不満。でも彼は今まで通りニコニコと楽しそうだ。ただし、『昼間は』っていう留保条件付き。


 あの時の様子から、思考が煮詰まってグルグルしてるのは、今に始まったことじゃなさそう。かといって、本人が話す気にならないものを無理に聞き出しちゃいけないんだよね。元婚約者が次のターゲットにしようとしてた、シャロンがそう言ってた。

シャロンって、人の気持ちの機微にやたらと鋭いところがあって、私もお世話になりまくったものです。主に、元婚約者関連で。


――頼られたいなぁ……


 いつもいつもお世話になってばっかりだっていうのもある。けれど、単純にラースに頼りにされたい。

これって恋?

……とりあえず、恋というより好意かな。寝ても覚めてもラースのことばかりを考えてるってわけでもない。

むしろ、常に考えているのはご飯のメニュー。お昼ご飯はなんだろう?



「めーるー……考えごとに熱中してると、変な癖がつく。きちんと集中して」


「うみゃ!?」



 悩み事の原因が、パシンと背中を叩いて通り過ぎる。



「今日の昼飯――川で魚捕りをして、川辺で焼いて食べるってのはどう?」


「それは、なんだか心躍るお誘い!」



 もう夏も近いのか、最近、随分と暑くなってきてるから水遊びはとっても素敵。



「覗いたりしないから、水浴びでもしたらどうかな」


「悪魔の誘いが……!」


「誰に見咎められるわけでもないから、大丈夫だよ」



 確かに、呪いの森のど真ん中だというこの場所に、ラース以外の誰がいるってわけじゃないけれども……!

でもでもでもね、やっぱり、淑女としての何かが終わる予感がします……!





 とかなんとか言いながら、結局、水遊びの誘惑には勝てなくて。

やってきました、どっかの川へ!



「ラースって、ホントに”転移魔法”が使えるんだね……」


「こんなことで、嘘ついても仕方ないよ」


「それはそうだけど――ここって、森のどの辺り?」



 川の幅は2~5メートルってところで、あんまり広くはない。川原の石も大振りで、石というより岩といったほうが正確かも。

水の中を覗き込んで見た感じだと、深さも場所によってだいぶ違うみたい。でも、基本的には膝下~腰のあたりってところかな?

水底をスイスイと移動する影が、きっとお魚に違いない。



「――家のある辺りからは、大分遠い。森の端にも……ちょっと遠い」



 歯切れの悪い答えから、あんまり聞かれたくないことだったんだなと思う。


――聞き方が悪かったかな。


 彼はきっと、一人に戻るのを怖がってるんじゃないかなっていうのが、この間の姿を見てから考えた、私の結論。ラースって人懐こいのに、何百年もの間、基本的には一人きり――たまに一人になりたいと思うことはあるけど、ずっとじゃ私も寂しくて死んじゃいそうだ。呪いのせいで自ら死ぬことも出来ないラースって、一体、何をしてここに封じられてるんだろう。

そんなに悪いことが出来るタイプじゃなさそうなのにね。



「じゃあ、ラースと私の貸し切りだ。私がウッカリ流されないように、ちゃんと守ってね?」


「それは、もちろん。任せといて」



 私のお願い事を聞いた彼は、嬉しそうに頬を緩めて頷いた。







「そぉれ!」


 高く掲げた手を、右から左へ振り抜く途中で水とは違うなにかの手応え!

水と一緒に岸へ向かって煌めきながら落ちていくのは――



「今回のは結構大きいな。メルの塩焼き、一つ追加だ」


「やったぁ~!」



 ラースがサッと拾い上げ、掲げてみせてくれたのは、今までで一番大きなお魚さん。アレは、食べ応えがありそうです。

浅瀬で中腰になって、ひたすら狙い続けたかいがある。中途半端な格好でいたものだから、ちょっぴり腰が痛い。うーんと腰を伸ばして、もうひと踏ん張り。

ラースが『クマのマネ』って言うこの捕り方、なんだかめちゃくちゃ楽しい。「えい!」と腕を振るうと、また一匹のお魚さんが宙に舞う。



「メル、そろそろ十分じゃないかな」



 夢中になってお魚捕りをつづけていると、笑いを含んだ声で名前を呼ばれた。



「そぉ?」



 顔を上げてそちらを見ると、いつの間にか川岸には火が焚かれている。火の回りは、串に刺されたお魚でグルリと囲われていて、美味しそうな匂いがコッチまで漂ってきていた。その匂いに気付いた途端、それまで全然感じなかった空腹をひどく感じて、思わずお腹を押さえる。


――大丈夫。まだ鳴ってない。



「最初に獲った分ももうすぐ焼けるし、そろそろ一休みしよう」



 確かに、休憩すべきかも。水に浸かった足はすっかり冷えてジンジンしてるし、腕もやたらと重い。水から上がって、火の近くの岩の上に座り込み、渡された温かいお茶を飲み下すと思わずホッとため息が出る。自分で思ってたより、ずっと体が冷えてたらしい。岩は固くて座り心地がいいとは言えないけれど、長時間お日様に照らされているから、お茶との相乗効果でじんわりと体が温まる。



「あ、焼いてるのって、お魚だけじゃないんだ」


「魚だけも飽きると思って」



 お魚を刺した串より太いものに、グルグルとパン生地が巻かれていて遠火でこんがり焼かれてた。ちょっぴり、ススが付いてるのはご愛嬌?

それにしても、焼けるお魚から滴る脂が焼けた石に落ちてジュゥと音を立てるたびに、私のお腹もグゥと鳴きそうです。早く焼けないかな―と思っていたら、焼け具合を確認してたラースがヒョイとそのウチの一本を差し出した。



「――これはもういいと思う。お先にどうぞ」


「ありがとう」



 お礼を言って駆使を受け取り、フーフーしてから豪快にガブリ! と齧りつく。あんなに脂が滴っていたのに、パリッと焼けた皮が破けてると、口の中にお肉とはまた違う脂の甘さが広がっていく。焼けた皮の香ばしさとともに川魚特有の香りが鼻を抜けて行くのがたまらない。

焼けた順から差し出される串を大喜びでモグモグするうちに、獲ったお魚のほとんどが私のお腹に収まって、ラースにメチャクチャ笑われた。



「だってね、美味しかったんだもの……」


「剣術の稽古もして、魚もとって――体を動かしゃ、腹も減るよ」



――そんなフォローをいれるなら、あんなに笑わないでほしいです……

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