森の主の宝物
会話が成立する相手がいるってのはいいものだなと、最近つくづく思ってる。
メルが来るまでの間に来た子は、色んな理由で会話が成立しなかったから、とても新鮮な発見だ。
月が空の高いとこに上ったころ、汚れを落とし終えた服を持って彼女が眠る部屋へと入る。この時に、月明かりに照らされて眠る彼女の顔を眺めるのが密かな楽しみ。
こんなスキを狙うような真似、お世辞にも褒められたものではないから、やめようやめようと思っているのだけれど――やっぱり今日もやめられず、覗き込んでしまう。
基本、ここに来る子は、心を寄せてた
自分を森に捨てるような相手に、それでも『愛されたい』と願うだなんてと思いはした。そしてそんな相手の姿を借りれるのならば、森の呪いから逃れるのはなんて簡単なんだろうと――呪いを別のやつになすりつけるための条件は、ここに来た女の子と、相思相愛になるってことだったから……
けれどそんな気持ちは、初めての子が俺の顔を見た瞬間に悲鳴を上げて夜の森へと駆け出していった瞬間に吹き飛んだ。
出会って1時間足らずで――その子は、死んだ。
次の子は、多少の会話は買わせたけれど、結局すぐに出ていく。そんなことを何度も繰り返す内に分かってきたのは、自らの『自らの行い』の結果を経験させるための措置なんだろうということ。女の子が『愛されたい』と願う相手の姿を写すことそのものも、呪いなのだと実感させられた。
女の子側からの反応は様々で、最初の子みたいに怯えたり錯乱するのなんて大人しい方。自分がやったわけでもない話で詰られたり、暴力をふるってきたりなんてのも少なくないけれど――そう言うのは、耐えられた。
一番きついのは、最初の子みたいに死なれてしまうケース。森に飛び出せないように囲いを作ると、首を吊ったり自刃したり。
その度に精神をやられて、長い眠りにつく――メルには何百年生きてるって話したけど、この眠りを含めたらもっと長くここにいるのかもしれない。
――起きてる時と寝てる時の印象が、こんだけ変わらないっていうのも、不思議。
眠っている間だけは、俺を疎んでいる子達の穏やかな表情が見られるものだから、いつの間にか寝顔を覗くのが習慣になってたけど……やっぱ、やめないと。
最初から一貫して、好意的な態度を崩さないメルに嫌われたら、立ち直れないような気がする。
――ソレもコレも、今回に限って俺の姿が婚約者と似ていないせいみたいだけれど。
彼女が誰かに対して負の感情を向けるのって、上手く想像できない。
来てから1ヶ月もすると、彼女は身の回りのことはだいたい自分でこなせるようになってきた。
「髪の毛を梳かして、一本に結ぶのはマスターしたし……」
もう、服や靴を自分だけで身につけられるし、簡単な料理も覚えたお陰で朝ごはんはここ数日おまかせ出来てる。花嫁修行の一環で身につけていた刺繍技術の応用で、繕い物も意外と器用にこなせた。教わる側にやる気があれば、日常生活を送るために覚えることなんて大したことがないんだなと思う、今日この頃。
「後は、お洗濯にお掃除が出来るようになったらいいのかな……?」
「その2つは大事だな」
「汚い服を着るのも汚れたシーツで寝るのも嫌だし、お部屋もおんなじだよねぇ」
庶民の暮らしなんて、必要最低限の道具や衣服があればいいもんだ。下着はともかく、服やシーツなんてしょっちゅう洗うもんでもない。だけど、メルは腐っても貴族階級の出身だから、汚れた服やシーツには耐えられない――今のところは。
きっと、何年もすればなれるだろうけど。よっぽど裕福でないと、生地が痛むのを嫌って、しょっちゅう服や寝具を洗ったりしない。
”浄化”の魔法に習熟すれば、また話は別なんだけど――よっぽと上達しないと、手洗いするよりもずっと早く記事が駄目になってしまう。
「出来れば、”浄化”の精度をあげたいとこだな」
手洗いだと、どうしても手が荒れる。メルの手がガサガサになってしまうのが耐えられない気持ちでそう言うと、彼女は現実を突きつけてきた。
「汚れの成分をきっちり見分けてそれぞれに分解していくのって、ラースでも手こずる作業じゃない……」
「そうだけど――食器類のはなんとかなったし、メルならイケる」
正直、布の繊維の一つ一つから不要な要素だけを分解していくのは、骨の折れる作業だけれど……常に繊細な魔力操作を行うメルには向いている。
「それは、ラースの過剰評価だと思う……!」
「そんなことないよ」
俺、前に指摘された通り、『めんどくさがり屋』。だから、そう言った作業には不向きなんだ。
「メルには向いてる。庶民になったら、洗濯屋を開けるようになるよ、きっと」
「もう……! 調子のいいことばっかり言うんだから……」
彼女は呆れたように、唇を尖らせる。
こんな、なんでもないような時間が、今の俺の宝物。
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