男装令嬢のレバペー作り
レバーをぶつ切りにしたものを茹で、火が通ったら茹で汁で伸ばしながらすりつぶす――って言うのが、ラース流のレバーペーストの作り方らしい。
「味付けは、ある程度なめらかになってきたところでやったほうが失敗が少ない」
基本は塩とコショウだそうだけど、味付けの時にハーブを混ぜると風味が変わって面白いんだと彼は頬を緩める。
「作り方だけを聞くと、とっても簡単」
「簡単だよ」
どうやら作り方にも色々あるそうで、焼くパターンもあれば、オイル煮にする場合もあるそうだ。香り野菜を刻んで一緒に加熱すると、味に深みが増したり軽やかになったり……なんだか奥が深そうな感じだね。
「ほんとは加熱前に塩気を入れといてもいいけど、俺の作り方だと茹で汁の大半はポイ。結局、食べる時に物足りなくて足すことになる」
「――案外、ラースってめんどくさがりや?」
「バレた……!」
明るい笑い声とともに、彼は自分の額をペチンとやって私を見下ろす。
「その時にやりたいことを、やりたいようにするって生活してるから――基本的には抜ける手は抜く感じ」
「ゆるっとした生活してるんだね」
割と、スケジュールでがんじがらめの生活をしていたから、これは結構羨ましい。
――あ、でも。
私もここにいる間はそういう生活ができるのかな?
自分で出来ることを増やさなくちゃいけないって言う割に、教えるペースはのんびりしてる。そもそも、どの程度できるようになれっていうノルマもない。
――……私も十分、のんびりしてたね。
「そう。ゆるっと……暇つぶしに、魔法でやれる限界に挑戦」
「魔法、好きなんだ」
「ここに来てから、ハマった感じ」
――趣味的なものかな?
好きなこととかを聞くと、なんだか仲良しになれた気分。
「私は、馬での遠乗りと剣術の鍛錬が好き」
「子供の頃から?」
「ううん」
「ダンスも好きだから、きっと体を動かすのが元々好きなんだと思う」
「そういや、体を動かしてる時は、いつも以上に楽しそうだ」
彼がお手本を見せてくれるのを真似して、塩ゆでにしたレバーを煮汁と一緒に器に入れる。器は、底が丸くて深い木製のボウル。
だから、煮汁を動かす時にウッカリ削らないようにと注意された。
「――うわ、むずかしい」
「同属性でだけど、2つの魔法を一緒に使うのと変わらないから。さっき、下処理してたときにもやってたから、すぐ出来るようになる」
「え。私、そんなことしてないよ」
驚いて目を瞬くと、ラースは楽しげに肩を揺らす。
「気付いてなかった?」
私が内臓の下処理でやってたことを、まだ加熱する前のものでやって見せてくれてながら、彼は首をかしげる。
――こんなこと、私やれてたの?
見ただけでも難度が高い行為だと分かるのに、私がやっていたとか割と信じがたい感じです。とはいえ、ラースに嘘を言う理由がどこにもない。
「むむむ……がんばってみます」
「うん。適当にがんばってみて」
ゆるっとした応援を受け、気合を入れる。『出来ない言い訳をするな』――なんてことを言われないって、ほんとに素敵。
口に出したらラースに笑われてしまいそうだし、家族には申し訳ないけれど……
私、婚約破棄されて良かったなぁと、つくづく思う。
ラースは必要がない限り私に触れないし、精神的にもキチンと距離をとってくれる。
この距離感が、割と好き。
ひたすら魔力操作を頑張っている内に、ラースのお手本を真似することに成功し、夕方になるころには大量のレバーペーストが出来上がってた。
「ところでコレ、たくさん作ったけど――どれくらい日持ちするものなの?」
「普通の保冷庫だと3~4日。遅延庫に入れとけば3~4ヶ月は大丈夫」
「遅延庫って……」
”保冷庫”は食べ物を日持ちさせるための魔道具で、ソコソコ裕福な庶民ならもってるものらしい。でも”遅延庫”は、より高ランクの珍しい魔道具。
高位貴族ならもってるかもしれないけれど、ウチにはなかった。
「自作したやつだから、あんまり大きくないよ」
「ラースって、何でも出来るんだね」
「ソレは買いかぶり」
余談だけど、すぐには食べない分のレバーペーストを仕舞いに行って、ビックリ。
”遅延庫”は確かにクローゼットサイズ。私が使わせてもらってるお部屋よりも広い、”保冷庫”と比べたら小さいけれど――
「ラース。大きくないっていうのは、気軽に抱えられるサイズまでじゃないかな」
「……んじゃ、割と大きいってことで」
スヒヒ~と、口笛を吹くふりをして誤魔化すラースがおかしくて、思わず声を上げて笑ってしまう。こんな風に笑うのは、淑女としては失格だけど……私、今が一番楽しい。
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