森の主と魔法のアレコレ

 ”水魔法”で作った”水牢すいろう”を目の高さに浮かべ、真剣な表情で中に封じたレバーの血抜きをしてるメルの魔力操作は思っていたより下手じゃない。

魔法は王立学園に入らないと学べないから――本格的に教わり始めて1年ってことを考えれば、十分上出来な部類だろう。

集中しすぎてて、声を掛けた途端に”水牢”が破裂したのはご愛嬌。


 涙目で見上げてきたメルも、魔法で綺麗にしてやるとあっという間に笑顔になった。服を着たままの他人を”浄化”するのは、除去すべきものとそうでないものをキチンと認識できていないといけないから地味に難しい。彼女はそれに気づいて驚いた後で『ラースはすごいね』と感心する。

珍しい反応だと思って苦笑したら、不思議そうに首を傾げた。



「”浄化”って、対象・状態・範囲をきちんと認識した上で、強度操作も必要だって教わったもの。自分自身が対象でも、強度操作は難しいでしょう?」



 魔法にはあまり興味がないと言っていた割に、随分と詳しい。



「メルは、良く勉強してるな」


「成績が悪いと、私だけじゃなくて家の教育が悪いって罵られるんだもの」



 不思議に思いつつ褒めたら、そんな言葉が返ってきた。腹の音で笑われる度に見せるのと同じいじけた表情だけど、目の奥に苛立ちがチラつく。

どうやら元婚約者の言動の中でも、かなり腹に据えかねてた話らしい。



「それで頑張れるんだから、メルはえらい!」


「そぉ?」



 褒め言葉とともに頭を撫でると、彼女は一転して嬉しそうに頬を緩める。



「シャロン以外に話したことがなかったから、この件で褒められたのって初めて」



 シャロンって、確か元婚約者がメルの代わりに婚約し直そうとしてる相手で、彼女の親友だったはず。この様子だと家人には話してなさそうなのに、随分とその子に気を許してたんだなと、それを聞いて思う。



「家に迷惑はかけられないから頑張ったんだけど、下手に愚痴を言うと兄が激高しそうだったから話せなかったの」



 過保護なんだと彼女は笑って、少し遠くを見る目をした。


――そう言えば、家の様子も気にしてたっけ。



「んじゃ、明日は家の様子でも覗いてみるか」


「ラース、優しい……っ!」



 軽い調子で提案すると、彼女は感動した様子で目を潤ませる。



「そんなに心配なら、言ってくれれば良かったのに……」



 そしたら、学園の様子を見る前に覗くことも出来た。



「”遠見”は特級魔法だもの。普通なら、おいそれと使えるものじゃないでしょう?」



 魔法は難度によって、”初級” ”中級” ”上級” ”特級” ”超級”の5種類に分けられている。


 ”初級”は基本属性の”地水火風”の4種類を扱う、生活に便利で簡単な魔法。

魔力消費も少ないから、練習さえすれば誰でも使える。ぶっちゃけ、学ぶ機会さえあれば庶民でも使えるようになる代物だ。


 ”中級”になると基本属性の他に特殊属性と呼ばれるものが増え、少し複雑になる。

魔力も多めに必要になってくるし、ある程度以上の魔力を保有していないと使えなくなってくる。魔力の消耗が激しくなるため、使える人間も激減してしまう。

 ”上級”は、同じ属性の魔法を複数組み合わせる技術の習得。

 ”特級”は、2属性の魔法を組み合わせる技術の習得。

 ”超級”は、2属性以上の魔法を複数組み合わせる技術を習得する必要がある。

最低条件は、それらを運用するだけの魔力を保有していること。


 メルは気づいてないけど――現時点ですでに、”上級”相当の技術と魔力がある。

かなり優秀だ。本人にその気があれば”特級”も扱える可能性はあるだろう。

あんまり、その気はなさそうだけど。


――”遠見”程度なら、一日中でも使えるけど……


 メルが戻れない可能性の高い場所でもあるって考えると、『いつでもどうぞ』とは言い辛い。どうしたものかと思っていたら、本人から「大丈夫」と声が掛けられた。



「一度だけでも様子が見れたら十分だよ」


「じゃあ、明日時間をとろう」


「今は、お料理の下ごしらえをする時間だものね」


「そういや、そうだった」



 俺の方はすでに、腸の掃除を終えて下茹でも終えてある。メルに頼んだ分を軽くチェックしたら、調理に取り掛かるつもりだったのに。



「ん……下処理はコレで十分」


「あ、よかったぁ」


「もうちょい手を抜いても大丈夫だけど、がんばったな」



 笑みを向けると、「また、褒められちゃった」と、照れくさそうな笑顔が返ってくる。なんかこの、『人』として扱われてる感じが、物凄くいい。

今まで来た子達の俺に対する扱いは、常に最底辺だった。そのせいか、自分が『人』にカテゴライズされてることにホッとする。


――ヤバいな。


 今までとあんまりにも扱われ方が違うから、勘違いしてしまいそうだ。

この子がここに居るのはほんの2~3年。あっという間に過ぎてしまう時間なのに。

本気で好きになってしまったら、後が辛い。でも――



「メルって、ほんとに素直で可愛い」



 本音の言葉が口から溢れるのは、堪えられなかった。



「ふえ……っ!? な、何、急に!?」



 ひどく狼狽する彼女の表情に目を細め、何食わぬ顔でレバーペースト作りに取り掛かる。


 きっと、もう手遅れなんだなと、その時思った。

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