男装令嬢の初バーグ

 知らない料理の名前を聞いただけで『食べたい』と、主張し始めたおなかの虫に赤面しつつ、お肉の乗ったトレイを持って台所に戻った。



「メルは”風魔法”は得意なんだっけ」


「基本属性の初級は一通り使えるけど、その先は全然」



 基本属性っていうのは”地水火風”の4種類。この他にも”光”や”闇”、”氷”に”雷”などの特殊属性魔法も存在しているけれど、それらは上級に分類されているから教わっていない。そもそもが、基本属性魔法の中級を学び始めたばかり。

初級魔法は、風を起こしたり飲水を作ったりといった生活に根ざしたものだから、使えるけれど使えないと言うのが私にとってのイメージ。ちなみに明かりを点けたり、ご不浄の後始末をするようなものは、入学前に教え込まれる項目です。



「そういえば、中級を初めたばっかりだったっけ」


「だから、難しいのは無理です」



 本当なら、特殊属性魔法は中級魔法の成果次第で学べるはずだった。森の中に捨てられてしまった私はもう、学園で学ぶことは出来ない。



「なら、魔法の指導もしようか」


「いいのっ?」


「あまり大っぴらに使うのはオススメしないけど、使えたほうが便利だ」


「――庶民だと、基本的には魔法が使えないんだっけ……」


「代わりに、都市部なら生活用の魔道具が流通してるって話」



 ホムホムと頷きながら耳を傾け、アレレと首を傾げる。



「どこで聞いたの?」


「12年前に面倒見た子から。その子の家で、流通に乗せてたらしい」


「なるほど」



 伝聞っぽかったから不思議に思ったんだけど、それなら納得。12年前の話なら、今とそんなに変わらないだろう。ラースって、長生きさん(推定数百歳?)だし、何百年も前の話をされていたら今とは違う可能性があるものね。

そう言う道具が一般的に流通してるなら、人前以外でなら魔法を使うことも出来る。

庶民に紛れるなら、人前では絶対に使わないってことだけは覚えておこう。



「ところで、なんで”風魔法”について聞いたの?」


「作ろうと思ってる”ハンバーグ”って、肉を超細切れにしたひき肉を作る必要があるんだけど、”風魔法”を使えば簡単に出来る――こんな風に」



 私の持ってきたもも肉の一部を切り取り、ヒョイッと上に放り投げる。するとその周りを風の膜が包み込み、中の肉があっという間に切り刻まれていく。



「ふぉおおおぉおお?」



 驚きのあまり、淑女にあるまじき声を上げてしまったことに、ラースの爆笑で気付いたけど、すでに後の祭り。アフターフェスティバル(誤用)だよ。

お腹を抱えてゲラゲラ笑いながらも、魔法の維持をこなしてるのはすごいけれど――



「そっ、そんなに笑うことないと思うぅ……っ!」



 私、超泣きそう……!

なんとか気を取り直して作業を再開したのは、10分ほど経ってからだった。



「あちゃー……ペースト状になってるな」


「なにか、問題でもあるの?」



 材料を混ぜる用のボウルに入れられたお肉は、何というか……ピンク色のクリームみたい。頬紅に似て見えるなとぼんやり思いつつ首を傾げたら、「ま、大丈夫だろ」と彼は呟いた。



「ここまでする必要はないんだけど、魔法を使わない場合はこうやって――」



 実際にやって見せてくれたけど、薄目に切ったお肉をひたすら包丁で叩く。叩いていく度に、まな板の上に薄く広がるのを真ん中に集めて、もう一度。



「え、え? まだやるの?」


「そ。大変だろ?」


「大変過ぎます」


「ソーセージを作るときも、これをやる」


「うそっ!?」



 最初に見せてくれたやり方だったら、10分もかからずに終わるのに。手仕事でやると、同じ時間で出来る量はほんの僅かだけみたい。



「魔法でやるのを推奨するわけです……」



 出来上がった量を見比べ、残った固まりを全て同じ状態にすることを想像したら、それだけでもうげんなりしてしまう。

今日のところはラースが材料を準備する担当で、私は出来上がったものをひたすら捏ねて捏ねて捏ねまくる。タマネギのみじん切りも、やり方はひき肉を作るのと一緒だからと、彼は魔法でぱぱっと終わらせる。



「整形する時には、手に油をつけて――手から手へとポンポン放って空気を抜かないと、焼いた時に形が崩れる」


「こうかな?」



 真似してみるけど、逆に形が崩れるような……?



「ラースがやると簡単そうなのに、結構難しい」


「慣れだよ、慣れ」



 彼の言葉に頷きながら、せっせと手を動かしながらふと思う。すでに成形済みのハンバーグは10個を越えてるんだけど……お昼だけでこんなに食べる、かな?


――多い分には、まあいっか。


 私のおなかの虫も、そう言ってるね。



「こんだけあれば、メルのお腹も大丈夫かな。残りは後にするとして――今日は、天気もいいから外でお昼にしようか」


「お外で?」


「外での食事も楽しいよ」



――ピクニックみたいなものかな。


 楽しげな様子でラースに提案されて、思わず頷く。私の中でのピクニックは、景色のいい場所に侍従たちが用意してくれたお外用のテーブルセットでお弁当を食べるってもの。二人揃って、物置からテーブルと椅子を持ち出しながら……自分で用意するのも楽しいかも、なーんて顔が緩む。



「テーブル、重い!」


「頑張れ、頑張れー」



 持ち運び用だから軽く出来てるってラースは言うし、彼の方に重心が偏ってるのにそれでもテーブルって結構重い。

木陰にテーブルセットを並べたら、真ん中に飲み物の入った水差しとサラダ、お皿とカトラリーを用意する。私がそうしたものを準備している間に、ラースは石を積み上げて即席のカマドを作ってた。彼は”着火”魔法で炭に火をつけ、網をカマドの上に渡してから、ハンバーグをヒョヒョイと乗せていく。



「後は途中でひっくり返して、火が通るのを待つだけ!」



 即席カマドでジュージュー焼かれるハンバーグの匂いに、またまたお腹がグゥと鳴き、ラースの肩がプルプル震えた。


 その後食べたハンバーグは、柔らかジューシーで香ばしい香りが素敵な一品だったけど、ラースってば、私のおなかの虫ネタで笑いすぎだと思う。

私。たまにはね、聞かないふりも必要だと思うんだ……

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